プラセボ効果の正体が少しずつ暴かれてきました。

ウィーン大学の研究者たちにより『PNAS』に掲載された論文によれば、いくつかの鎮痛剤の副作用である「他人の痛みに対する共感能力がなくなる」という効果が、プラセボ(偽薬)にも確認されたとのこと。

何の効果もないはずのプラセボ鎮痛薬が、いったいどんな仕組みで共感能力まで奪っていたのでしょうか?

目次

  1. プラセボ効果の正体を探る研究が活発になってきている
  2. プラセボ鎮痛剤は本物の鎮痛剤と同じ神経回路を標的にしていた
  3. 偽物が持つ本物の「薬理効果」を解明する

プラセボ効果の正体を探る研究が活発になってきている

偽の鎮痛剤は本物と同じ「共感能力を奪う副作用まで再現する」と判明
(画像=なぜプラセボ効果が起きるのかを調べる研究が加速している / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)

1955年、何の効果もない偽薬であっても、効果があると信じ込むことによって病気の症状が改善することがはじめて報告されました。

人間の思い込みの力は凄まじく、何の効果もないはずのプラセボ(偽薬)は一般的な風邪症状にとどまらず、認知症や脊椎損傷、脳腫瘍といった難病の症状に対しても、一時的な緩和効果を発揮します。

そのため新しい薬の認証試験ではプラセボとの比較を行うことが一般的であり

「プラセボより有意な効果がない=薬として効果がない」

という式が成立しています。

しかし近年になって、プラセボ効果の中身を探求する試みが活発になってきています。

プラセボであっても効果を発揮するからには、私たちの体内では何らかの生物学的反応が起きているはずです。

そこでウィーン大学の研究者たちは、プラセボによる鎮痛効果の正体を探る試みを行いました。

アセトアミノフェンやオピオイド系などの鎮痛薬には、自分の痛みを減らすと同時に「他人の痛みに共感できなくなる」という奇妙な効果が知られていました。

そこで研究者たちは被験者にプラセボ鎮痛薬を与え、他人の痛みに対する共感能力の変化を調べることで、プラセボ鎮痛薬の正体を探ることにしました。

すると驚きの結果が判明します。

プラセボ鎮痛剤は本物の鎮痛剤と同じ神経回路を標的にしていた

偽の鎮痛剤は本物と同じ「共感能力を奪う副作用まで再現する」と判明
(画像=プラセボは本物の鎮痛剤と同じ神経回路を標的にしていた / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)

効果のないはずのプラセボ鎮痛薬に、他人の痛みに共感できなくなる副作用も現れるのか?

実験を行った結果、プラセボ鎮痛薬を飲んだ被験者たちは、電気刺激に対して自分が感じる痛みが減少しただけでなく、電気刺激を受けて苦しんでいる他人に対する共感能力も失っていたのです。

痛みを感じていかどうかはMRIで脳の活動パターンの測定し確認したそう。

ただ、この時点では被験者たちの何人かが科学に詳しく「鎮痛剤に共感能力を奪う」という副作用の存在を知っており、思い込みを発生させていた可能性もあります。

そこで研究者たちは、プラセボ鎮痛薬を与えたグループに、別の鎮痛効果をブーストする薬と嘘をついて「感じる痛みを増す効果がある逆鎮痛薬」を与えました。

そして再び電気刺激を行い、自分が感じる痛みと他人が感じている痛みに対する共感能力を調べました。

この逆鎮痛薬は鎮痛薬(オピオイド系)の効果を打ち消して、感じる痛みを増すだけでなく他人の感じる痛みに共感できるようにすることが可能です。

同じような打ち消し効果がプラセボ鎮痛薬にも表れたならば、プラセボ鎮痛薬は本物の鎮痛薬と同じ経路で痛みを遮断し共感を封じていたことになります。

実験を行った結果、逆鎮痛薬はプラセボ鎮痛薬の効果を打ち消し、自分の感じる痛みと、他人の感じる痛みに対する共感能力が元の状態に戻りました。

この結果は、プラセボ鎮痛薬の効果と副作用の両方が、本物の鎮痛薬と同じ仕組みで働いていることを示します。

また他人の痛みに共感するには自分の痛みを知る能力が不可欠であり、両者が同一の神経回路から生成される感覚であることを示します。

そしてプラセボ鎮痛薬は本物の鎮痛薬と同じく、この神経回路に対して作用して「鎮痛」効果と「共感能力の低下」の副作用を同時に起こしていたのです。

なお並行して行われたMRIによる脳の活動パターンの測定も、この結論にさらなる証拠を与えるものになりました。

偽物が持つ本物の「薬理効果」を解明する

偽の鎮痛剤は本物と同じ「共感能力を奪う副作用まで再現する」と判明
(画像=偽物に潜む本物の効果を探る / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)

今回の研究により、プラセボ鎮痛薬は本物の鎮痛薬(オピオイド系)と同じ神経回路に作用し、自分の痛みを減らすと効果と他人の痛みに共感できなくなる副作用をもたらすことが示されました。

プラセボが本物の薬と同じ神経回路に作用するという結果は、プラセボ効果が精神論的な思い込みの産物ではなく、明らかな薬理効果を持っていることを示します。

研究者たちは今後、偽物(プラセボ)が持つ本物の薬理効果の探索を続けていくとのこと。

単なる偽物だと思われていたプラセボの薬理効果が解明し、効果をブーストする方法がわかれば、全く新概念の薬が作られるかもしれません。

参考文献
Why It Hurts to See Others Suffer: Pain and Empathy Linked in the Brain

元論文
Placebo analgesia and its opioidergic regulation suggest that empathy for pain is grounded in self pain

提供元・ナゾロジー

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