毎年、多くの人が脳卒中や事故、病気により話す能力を失っています。

こうした患者たちにスムーズなコミュニケーションを取り戻させるため、アメリカ・カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)に所属するデビッド・モーゼス氏ら研究チームは、患者の言葉を読み取る脳インプラントを開発しました

現在、被験者は「頭の中で単語を発音する」ことで、1分間に18語をディスプレイに表示させて対話できます。

研究の詳細は、7月15日付の学術誌『the New England Journal of Medicine』に掲載されました。

目次

  1. 麻痺患者にとって最速のコミュニケーションツールとは
  2. 「発音するときの脳の働き」を抽出する脳インプラント

麻痺患者にとって最速のコミュニケーションツールとは

声帯を用いた音声会話は、人がスムーズにコミュニケーションをとるための優れたツールです。

実際、手を使って文字を書いたりキーボードに打ったりするよりも、声を出して話した方が素早く正確なのではないでしょうか。

研究チームによると、「音声では通常、1分間に150~200語ほどの高速情報伝達が行われています」とのこと。

そのため声を出せない麻痺患者はコミュニケーションを難しく感じてしまいます。

頭の中での発音を「文章にして話せる」脳インプラントが開発される
(画像=頭に装着したポインターで会話する麻痺患者 / Credit:UC San Francisco(Youtube)_“Neuroprosthesis” Restores Words to Man with Paralysis(2021)、『ナゾロジー』より 引用)

今回の被験者である30代の男性も、長年帽子にポインターを装着して画面上の文字を入力するという方法をとってきました。

もっと効率のよい代替手段はないのでしょうか?

研究チームは、音声コミュニケーションが一番スムーズであることに注目し、麻痺患者の「声を出そうとするプロセス」を利用することにしました。

「発音するときの脳の働き」を抽出する脳インプラント

頭の中での発音を「文章にして話せる」脳インプラントが開発される
(画像=脳インプラントにより声帯の筋肉に送る信号をキャッチ / Credit:UC San Francisco(Youtube)_“Neuroprosthesis” Restores Words to Man with Paralysis(2021)、『ナゾロジー』より 引用)

まず被験者に脳インプラントを埋め込みます。

脳に埋め込まれた電極は、被験者が話そうとして声帯の筋肉に送る信号をキャッチ。

そしてコンピューターがこの信号を解読して文字に変換することで、画面上に被験者が話そうと思った単語を表示させることができました。

頭の中での発音を「文章にして話せる」脳インプラントが開発される
(画像=脳信号から単語をキャッチしてディスプレイに表示 / Credit:UC San Francisco(Youtube)_“Neuroprosthesis” Restores Words to Man with Paralysis(2021)、『ナゾロジー』より 引用)

とはいえ脳内の言葉を抽出するには多くの時間と労力が必要でした。

まずチームは日常生活で利用する「水」「家族」「良い」などの50種類の単語を用意。

その後、被験者には数か月にわたり繰り返し「頭の中で発音」してもらい、その脳信号をニューラルネットワークに学習させました。

結果的に、現在では1分間に約18語を画面に表示させて会話できるようになっています。

例えば「水はいかがですか?」という質問に対して、「いいえ、喉は渇いていません」と返答できました。

研究チームによると、「麻痺患者の脳活動から単語を直接解読できた最初の例」とのこと。

今後はアルゴリズムの改善により、抽出の精度と速度をさらに向上させていく予定です。

参考文献
First ever thought-to-speech brain implant successfully trialed
元論文
Neuroprosthesis for Decoding Speech in a Paralyzed Person with Anarthria

提供元・ナゾロジー

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