幹細胞から受精能力がある人工卵子が作られました。
7月16日に九州大学の研究者たちによって『Science』に掲載された論文によれば、幹細胞(ES細胞)のみを材料にして人工卵子を作り出し、受精を経て繁殖可能な子マウスを誕生させたとのこと。
メスの体に依存しない卵子の生産技術が普及すれば、絶滅危惧種を救うことや、研究材料としての卵子の供給が可能になると期待されます。
研究者たちはいったいどうやって、幹細胞から卵子を作り出したのでしょうか?
既存の卵子作成法は卵子を作るために胎児を犠牲にしていた
近年の幹細胞技術の進歩により、幹細胞(ES細胞)から卵子を作り出すことが可能になってきました。
しかし既存の方法で卵子を作るには、元となる幹細胞を疑似的な生殖細胞(PGCLCs)に変化させるだけでなく、マウス胎児から摘出された卵巣細胞を追加材料(外部環境)として必要としていました。
つまり今までは卵子を作るために胎児の犠牲が必要だったのです。
そのため既存の方法を人間に応用することは倫理的な問題がありました。
そこで今回、日本の九州大学と理化学研究所の研究者たちは、幹細胞からマウス胎児の卵巣を「模倣」する細胞(FOSLCs)を作成することにしました。
もし卵巣の模倣が上手くいけば、胎児を犠牲にすることなく、追加材料も幹細胞から作成可能になると考えたからです。
幹細胞のみを材料にして受精卵になれる人工卵子が作られた
幹細胞(ES細胞)から作られた疑似的な生殖細胞(PGCLCs)と、卵巣を模倣する細胞(FOSLCs)を混ぜると何が起きたのか?
結果は、衝撃的でした。
上の図のように、両者が混ざり合うと疑似的な生殖細胞(PGCLCs)で減数分裂が起こり「卵子のような細胞」を作りました。
その後卵巣を模倣する細胞(FOSLCs)がその細胞を取り囲んで、「卵胞」のような構造を作り始めたのです。
卵胞は卵巣の内部に存在する組織で、卵子を保存・成長させるためのゆりかごとして機能します。
問題は新たに形成された「卵子のような細胞」が、本当の卵子として機能するかどうかです。
研究者たちはさっそく、オスから採取した本物の精子を加えて様子をみました。
すると「卵子のような細胞」は精子と結合して細胞分裂を繰り返し、受精卵のように振る舞いはじめます。
そこで研究者たちは、この細胞をメスマウスの子宮に移し、経過を観察しました。
そしてメスマウスは無事に子マウスを産み、さらに子マウスは成長して繁殖可能な大人になりました。
この結果は、幹細胞から変化させた2種類の細胞を組み合わせることで、本物と同じ能力のある人工の卵子を作成できたことを示します。
入手困難だったヒトや絶滅危惧種の卵子を人工的に生産可能になる
今回の研究により、幹細胞を変化させて作った疑似的な生殖細胞(PGCLCs)と卵巣を模倣する細胞(FOSLCs)を組み合わせることで、正常に機能する卵子を創出できることが示されました。
幹細胞だけを材料にして卵子と卵巣の両方を作り、繁殖可能な子マウスを誕生させたのは、今回の研究が世界ではじめてになります。
本研究の成果を絶滅危惧種に適応することで、希少な種の卵子を大量に生産して地球生命の多様性に貢献することが可能となるかもしれません。
また倫理的な問題を回避して卵子を生産できるために、実験材料としての卵子の手軽な取得手段となるだけでなく、ヒトの不妊治療にも活用可能だと考えられます。
一方で、幹細胞から人工的に作られた卵子で子どもを産めるという事実は、私たちの生命観や倫理観をおびやかすでしょう。賛否両論を呼び、新たな法整備の元となる研究かもしれません。
参考文献
マウス多能性幹細胞から機能的な卵巣組織の再生に世界で初めて成功!
元論文
Generation of ovarian follicles from mouse pluripotent stem cells
提供元・ナゾロジー
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