私たちが細菌に感染した際、強力な武器となるのが抗生物質です。
しかし、細菌の中には複数の抗生物質に対して耐性を獲得したスーパーバグ(多剤耐性菌)と呼ばれるものが増加しています。
なぜ彼らはそんなに素早く、抗生物質に対する耐性を獲得することができるのでしょうか?
ピッツバーグ大学(University of Pittsburgh)医学部の研究チームは、この急速な進化の鍵となっているのが、細菌を攻撃するウイルス「バクテリオファージ」であることを、世界で初めて発見しました。
研究の詳細は、7月16日付で科学雑誌『Science Advances』に掲載されています。
細菌の進化が速い原因
感染症とは、傷口に細菌が入り込むことで発生します。
これを防ぐための有効な手段は、体に入り込んだ細菌を殺菌する抗生物質を飲むことです。
ただ、抗生物質の乱用は、耐性菌を生む危険が高いという話も、耳にしたこのある人は多いでしょう。
細菌は短い期間で、容易に抗生物質への耐性を獲得する場合があります。
1度耐性を獲得されてしまうと、以後は同じ抗生物質でその細菌を退治することができなくなってしまいます。。
これは、私たちとしては大問題です。
そして、スーパーバグ(多剤耐性菌)はこうしたプロセスを繰り返して、複数の抗生物質に対する耐性を獲得してしまった無敵の細菌です。
こうした存在が増えると、私たちは感染症への対抗手段を極めて制限されることになってしまいます。
耐性菌と新しい抗生物質の開発は、もはやイタチごっこの状態で、延々と続けば人間側が不利であることは明白です。
お医者さんで抗生物質が処方されたときは、必ず飲みきってください、と使用について特に厳しく注意されますが、これは半端な薬の使い方で耐性菌を作らないためです。
しかし、耐性菌とはいわば恐竜が滅びる中、寒冷化した地球環境に適応した哺乳類のようなもので、他より進化した種です。
いくら細菌の進化が速いと言っても、ものの数日で抗生物質への耐性を獲得してしまうメカニズムは、進化微生物学の分野でも謎の多い問題でした。
これまで医学は映画を途中から見ていた
細菌の進化の経路がよくわからないという問題について、今回の研究者は「細菌感染症の臨床現場というものは映画館に途中入場した観客のようなものだ」と語ります。
開演1時間後に映画館に入った観客は、今スクリーンに映っている場面が、どのような流れで繰り広げられたものか正確に推測することはできないでしょう。
同様に、感染症を診る医師は、感染症の原因について推測が正しいかどうか確認する方法がありません。
そこで今回の研究チームは、細菌感染の初期段階を観測し、何が起きているか調査を行ったのです。
進化微生物学の分野でもっとも支配的な理論は、細菌が均質なクローンの集団から始まり、DNAやRNAの持つ塩基の一部がコピーエラーによって置き換わり、徐々に変異していくランダムな点突然変異だと考えられていました。
これが繰り返されることで、細菌は環境への適応と多様化を成し遂げていくと考えられていたのです。
しかし、研究チームは、これらのプロセスが正しくなかったことを発見し衝撃を受けました。
研究チームが発見したのは、傷口に入り込んだ細菌がバクテリオファージと相互作用して共に進化していく姿だったのです。
バクテリオファージとは、細菌に対して感染するウイルスのことです。
通常ウイルスは人間など生物の細胞に寄生して、細胞がDNAをコピーする機能を乗っ取って自身のコピーを増やしていきます。
バクテリオファージはそれを細菌に対して行うのです。
このとき、バクテリオファージに感染した細菌は最終的に細胞膜を破壊されて溶けて死んでしまいますが、中にはバクテリオファージの攻撃を耐え抜く勝者もいます。
このとき、勝者となった細菌は、バクテリオファージが持っていた遺伝情報の一部を獲得します。
そこには、かつてこの体の中で使われた抗生物質に対抗する遺伝情報も含まれているのです。
チームは、豚の皮膚の傷口に感染した6つの細菌株の遺伝子配列を追跡してみました。
すると、ファージが宿主となった細菌から、別の細菌へと頻繁に飛び移っていることがわかったのです。
ファージに1度取り付かれた細菌は、ファージの遺伝子を取り込み進化上の優位性を獲得します。
チームが確認したところでは、ほとんどの細菌にファージの遺伝子が入り込んでおり、また1つの細菌に2~4のファージの遺伝子が含まれているものもあったといいます。
こうして、均質なクローンの集団であったはずの細菌は、傷口に感染することで短期間で一気に多様化し、有利な進化を遂げたのです。
ピッツバーグ大学微生物学・分子遺伝学教授のヴォーン・クーパー(Vaughn Cooper)博士は、「ファージ同士や新しい宿主との相互作用がいかに大きいかがわかりました」と今回の発見について述べています。
「初期の細菌感染における多様性の特徴を把握することで、複雑な進化の道筋を辿ることができ、臨床的にも有利になります」
まさか、細菌たちにとっては敵であるはずのバクテリオファージが、彼らに新たな力を与えていたとは驚きです。
敵の敵が、実は敵の支援者だったという複雑な状況ですが、そのカラクリを見抜いた人類は、今後の闘いでは優位に立てるかもしれません。
参考文献
Bacterial Parasites Are Behind Rise of ‘Super Bugs’(UPMC)
元論文
Rampant prophage movement among transient competitors drives rapid adaptation during infection
提供元・ナゾロジー
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