point
- エジプトのスフィンクスは、「春分の日」に肩から日が昇るよう意図的に配置されている
- 古代エジプト文明は天文学に優れており、建造物の配置も天体運動に合わせて設計している
古代エジプトでは、毎年訪れるナイル川の氾濫時期を正確に予測する必要性から天文学が発達しました。
特に、崇拝対象でもある太陽の動きは、エジプトの民にとって重要なものでした。彼らが建てた歴史的建造物の多くは、そうした太陽の動きに合わせて巧みに配置されています。
中でも、太陽が真東から昇るエジプトの「春分の日」において、いくつかの建造物は、いつもと違った輝きを見せるよう仕掛けられているのです。
「春分」ってなに?
「春分の日」の大きな特徴は、昼と夜の長さが等分になることです。
そのメカニズムは以下のようになっています。
まず、地球は1年かけて太陽の周りを1周します。そのため、地球の空に見える太陽も1年かけて1周するように見えます。
こうした天球上における太陽の通り道を「黄道」と呼びます。
それから、地球に赤道があるように、天球上にも赤道があります。それが「天の赤道」です。天の赤道は、地球の赤道の真上に位置します。
黄道も天の赤道も天球上をリング状に1周するのですが、傾斜角度は互いにズレているため、黄道と天の赤道はある2点で交差します。
なので、黄道の上を移動する太陽は、1年の半分を天の赤道の南側で、もう半分を北側で過ごすことになります。
そして、この2点の内、太陽が南側から北側に横切る時の点が「春分点」です(北から南は「秋分点」)。
この日が、一般に「春分の日」と呼ばれています。
春分の日は、太陽が赤道上空にあり、北にも南にも偏っていないので、昼と夜の長さが半々になるのです。
ピラミッドは「春分の日」に合わせて配置された?
古代エジプト人は、この春分の日にいち早く注目しました。
太陽崇拝の強い彼らにとって、太陽が真東から昇るこの日は神聖な日でもあったのでしょう。
それは、古代エジプトの歴史的建造物が証明しています。
例えば、エジプトで最も大きな「クフ王のピラミッド」と次に大きな「カフラー王のピラミッド」は隣接しているのですが、春分の日だけ、太陽が2つの間に昇るようになっているのです。
それから、「ギザの大スフィンクス」もそうです。
この像は、全長73.5m、全高20m、全幅19mで、一枚岩から切り出されたものとして世界最大の彫像ですが、春分の日のみ、その背後から太陽が昇るようになっています。
一説には、スフィンクスは、古代エジプトの最古の神・ホルスの数ある姿のひとつとされます。
ホルスは、「ホル・エム・アケト(=地平線におけるホルス)」という名で呼ばれる時、主にスフィンクスの姿で表現されました。
ホル・エム・アケトは、「日の出の太陽」や「復活を象徴する者」と見なされています。
春分の日とスフィンクスの配置には、こうした歴史的背景が理由としてあるのかもしれません。
それから、春分の日に関して最も有名なのが「アブ・シンベル神殿」です。
アブ・シンベル神殿は、紀元前1250年頃にラムセス2世により建造されました。
正面にそびえる4体のラムセス2世像が有名ですが、入り口から60メートルほど奥に、さらに4体の神像があります。
そして、春分の日と秋分の日の年2回のみ、日の出の光が神殿の奥まで届き、神像が明るく輝くのです。
こうした例からも、当時のエジプト人たちが、いかに太陽の動きに気を配っていたのかが分かります。
天体運動と建造物の配置の妙は、優れた天文学があってこそのミワザだったのでしょう。
提供元・ナゾロジー
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