「偏見」と「差別」は先天的なもののようです。

7月13日にイスラエルのテルアビブ大学の研究者たちによって『eLife』に掲載された論文によれば、ラットが仲間を助け他人を見捨てる選択をするときに働く、神経回路の特定に成功したとのこと。

同様の神経回路は人間にも存在すると考えられており、身内意識や仲間意識などにもとづく「偏見」や「差別」といった行動は、哺乳類全体で広く共有されていると考えられます。

いったいどんな役割を持つ回路が「偏見」や「差別」の源になっていたのでしょうか?

目次

  1. ラットにも存在した「偏見」と「差別」
  2. 結果的に見捨てた…が、実は「かわいそう」だとは思っていた
  3. 本能に刻まれた「偏見」と「差別」と戦うにはどうすべきか?

ラットにも存在した「偏見」と「差別」

ラットに仲間を助け他者を見捨てる「差別の脳回路」が見つかる
(画像=ラットにも身内意識にもとづく偏見や差別が存在していた / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より 引用)

実験用ラットに「仲間を助け他人を見捨てる」という現象が知られるようになったのは、今から10年前になります。

ラットにも相手によって助けたり助けなかったりするという「偏見」や「差別」に似た行動が存在するという事実は、多くの人々に複雑な思いを引き起こしました。

一方、近年の神経科学の進歩により、動物の行動が特定の神経回路の存在と密接に関わっていることが明らかになってきました。

恐怖、快楽、痛み、そして苦しみなどにかかわる行動や感情が起こるとき、動物の脳では、それぞれに対応した神経回路が活性化されます。

そこで今回、イスラエルのテルアビブ大学の研究者たちは、ラットの「仲間を助け他人を見捨てる」という現象の根底にある、いわば「差別」と「偏見」の源泉となる神経回路の特定を試みました。

ラットに仲間を助け他者を見捨てる「差別の脳回路」が見つかる
(画像=今回の実験で使われた「ラットを閉じ込めて苦しめる装置」の写真映像 / Credit: Inbal Ben-Ami、『ナゾロジー』より 引用)

実験にあたって研究者たちはまず、上の図のようなラットを閉じ込めて苦しめる装置を作りました。

閉じ込められたラットは決して自力で脱出することができませんが、外部にある鍵を別のラットが操作することで扉を開き「助ける」ことができます。

ラットに仲間を助け他者を見捨てる「差別の脳回路」が見つかる
(画像=閉じ込められて苦しんでいるラットが同じグループに属する場合、ラットは積極的に助けようとするが、見知らぬマウスは助けない / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より 引用)

次に研究者たちは、この拷問装置に囚われたラットのいるケージに、自由に動き回れる、親しい仲間のラットと見知らぬ他人のラットを入れて、様子を観察しました。

結果は予想通り、苦しんでいるラットが親しい仲間の場合、自由なラットは拷問装置を積極的に探索して解除方法を見つけ出し、助け出しました。

一方、苦しんでいるラットが見知らぬ他人である場合、ほとんどが見捨てられました。

拷問装置が予定通りの成果を上げたことを確認した研究者たちは、いよいよ次の段階に進みます。

同じ実験を、今度は脳を直接観察しながら行い、助けた時と見捨てた時に、どんな神経回路が働いているかを確かめたのです。

結果的に見捨てた…が、実は「かわいそう」だとは思っていた

ラットに仲間を助け他者を見捨てる「差別の脳回路」が見つかる
(画像=助けたラットの脳は共感の回路に加えて快楽の回路(報酬系)が活性化していた / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より 引用)

仲間を助け他人を見捨てるとき、ラットの脳では何が起きているのか?

謎を解明するため、研究者たちはまず、仲間を助けたラットと他人を見捨てたラットの双方の脳で、活性化している回路を探しました。

脳科学の進歩によって、脳細胞の活性度に依存して放出量を増やす尺度となるタンパク質(c-Fos)が次々に発見されています。

このタンパク質(c-Fos)が脳の何処で増えているかを調べることで、特定の行動と結びついている回路の位置を調べることが可能になります。

そこで研究者たちは、仲間を助けたラットと他人を見捨てたラットの脳を素早く摘出してスライスし、活性化している回路(c-Fosが多い細胞)を探しました。

結果、仲間を助けたラットと他人を見捨てたラットの双方で共感にかかわる回路が同程度まで活性化していたことが判明します。

つまり、苦しんでいる相手が仲間でも他人でも、ラットはとりあえず「かわいそう」「苦しそう」とは思っていた、ということになります。

ですが、実際に苦しんでいる仲間を助ける行動に出たラットでは、共感の回路に加えて、ドーパミンやセロトニンといった神経伝達物質などによって起動する、側坐核を中心にした快楽の回路(報酬系)が活発に活動していることがわかりました。

ラットに仲間を助け他者を見捨てる「差別の脳回路」が見つかる
(画像=快楽の回路(報酬系)は助けようとする動機を与えるだけでなく、解放と同時に大きな快楽のご褒美を助けようとしたラットに与える / Credit:Canva . ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より 引用)

またカルシウムイオン濃度を元に、リアルタイムで脳活動を測定すると、閉じていた扉が開いた瞬間(助け出した瞬間)に最も激しい変化(快感の発生)が起きていました。

つまり、仲間を助けるという行動にラットは強い快感を感じていたのです。

報酬系がもたらす快楽は、あらゆる動物の行動に動機を与えることが知られています。

強い社会性を持つことが知られているラットでは、仲間を助けることに快楽を感じるように脳が配線されていたようです。

本能に刻まれた「偏見」と「差別」と戦うにはどうすべきか?

ラットに仲間を助け他者を見捨てる「差別の脳回路」が見つかる
(画像=人種差別や民族差別も結局のところ、拡大された身内意識によるものである / Credit:Canva、『ナゾロジー』より 引用)

今回の研究により、ラットの苦しんでいる仲間を助け出す行動が、共感と報酬の2つの回路によって作動していることが示されました。

親しい仲間を助け出すことは、社会的な要素を持つ哺乳類全般にとって、快楽によるご褒美が用意されている行動だったのです。

一方、見知らぬ他人の苦しみに対しては、共感の回路を働かせて「かわいそう」「苦しそう」と思うものの「報酬系」が作動せず「助けられるけど助けない」という結果をうみました。

研究者たちは同様の回路が人間にも存在していると考えており、身内意識や仲間意識から発する「偏見」や「差別」の源泉になっていると結論しました。

このような「偏見」や「差別」を乗り越えて、困難な状況にある人々を助けるには、教育などによる行動規範の後天的な植え付けが必要となるでしょう。

人間の本能をターゲットに絞った効果的な教育法が普及すれば、より公平な社会が実現できるかもしれません。


参考文献

Rats prefer to help their own kind. Humans may be similarly wired

元論文

Neural correlates of ingroup bias for prosociality in rats


提供元・ナゾロジー

【関連記事】
ウミウシに「セルフ斬首と胴体再生」の新行動を発見 生首から心臓まで再生できる(日本)
人間に必要な「1日の水分量」は、他の霊長類の半分だと判明! 森からの脱出に成功した要因か
深海の微生物は「自然に起こる水分解」からエネルギーを得ていた?! エイリアン発見につながる研究結果
「生体工学網膜」が失明治療に革命を起こす?
人工培養脳を「乳児の脳」まで生育することに成功