「満足して眠る」ことは非常に重要なようです。
7月6日にスイスのジュネーブ大学の研究者たちにより『Nature Communications』に掲載された論文によれば、気持ちよく勝てたゲームの記憶「だけ」が深い睡眠中の脳内で繰り返され、ゲームにかかわる記憶能力が向上したとのこと。
しかし、どうして脳は勝ったゲームのみを「ひいき」していたのでしょうか?
「学習・睡眠・上達」の不思議が解明されようとしています。
勝利の記憶が睡眠中に記憶力を向上させると判明!
古くから、一晩寝ることがさまざまなスキルや学問研究に重要なことが知られていました。
この不思議な現象は現代の脳科学においても主要な課題であり、研究によって、いくつか有用な事実も明らかになってきました。
例えば最新の研究では、ピアノなどのスキルの上達は練習中に起こらず、休憩中に起こることが示されました。
休憩中の脳内では練習内容が、練習中の20倍もの超高速度で連続再生されており、脳への記憶の統合を促し、上達の源となっていたのです。
では練習中や学習中の「感情」は関係ないのでしょうか?
ジュネーブ大学の研究者たちは「関係ある」と仮説をたてました。
ふてくされて寝るより、満足して寝るほうが、同じ睡眠でも記憶にいい影響を与えるだろうと考えたからです。
問題は、いかにして仮説を証明するかでした。
そこで研究者たちは、脳波測定(EEG)とMRI、そしてAIによる機械学習を組み合わせ、特定の学習内容が発する特徴的な脳活動を検出できる装置を開発しました。
この装置があれば、脳の中でしか見えない「学習内容」を、リアルタイムで追跡することが可能になります。
一方、学習内容には簡単な2つのゲームが選ばれました。
1つめのゲームは、手掛かりをもとにターゲットの顔を候補の中から発見する「顔当てゲーム」。
2つめのゲームは、3D迷路を攻略する「迷路ゲーム」でした。
そしてボランティアの被験者たちに2つのゲームを挑戦してもらいながら脳の様子を開発された装置で観測します。
ただし、ゲームはインチキでした。
被験者の感情を操るために、どちらか片方は絶対にクリアできないようにして被験者たちに「敗北の記憶」というネガティブな感情を感じてもらいました。
もう一方のゲームにはそのようなインチキはされていないため、被験者たちは高確率で「勝利の記憶」と共に、ポジティブな感情を得ることができます。
起きている間のゲームが終わると、次はいよいよ睡眠中の脳の観察です。
被験者たちの睡眠中の脳は、負けたゲームの内容と勝ったゲームの内容を、どのように処理していたのでしょうか?
深い睡眠中に脳は「勝った記憶」を集中的に反芻(はんすう)する
睡眠中の被験者たちの脳では何が起きていたのか?
被験者たちが眠りにつくとすぐに、変化が現れ始めました。
眠った直後から、被験者たちの脳は、起きている間に経験したゲームと同じ活動パターンをみせはじめます。
脳が起きている間に学習した内容を再生し、記憶の定着と統合を行っている証拠です。
これは「脳は眠りにつくと同時に記憶の再活性化を行い、起きている間に得た情報を整理・統合し始める」という既存の説を裏付ける結果です。
しかし、眠りが深くなるにつれて様子が変わってきました。
脳の活動パターンが「勝利の記憶」を持つゲームをしていた時と、同じパターンだけを繰り返すようになっていったのです。
この結果が示すのは、深い眠りにある脳がポジティブな感情を得たゲーム内容を独占的に追体験しているということ。
また興味深いことに「勝利の記憶」を持つゲームが追体験されている時には、ヒトの長期記憶に関連している海馬と、快楽の回路(報酬系)の一部として知られる腹側被蓋野(VTA)が同時に活性化していました。
ここから「勝利の記憶」を持つゲーム内容が長期記憶に収められるとともに、快楽を発生させ、さらなる反芻(はんすう)を促していることも分かります。
そして反芻が繰り返されるほど記憶の定着は強固になっていきます。
その証拠に、研究者たちが被験者に対して、実験の2日後にゲーム内容を問う記憶テストを行った結果、睡眠中に繰り返し反芻されていた「勝利の記憶」を持つゲームのほうが、高い成績になりました。
脳は寝ている時も報酬系に支配されている
今回の研究により、「勝利の記憶」のような、起きている間のポジティブな感情が記憶の定着をより促すことが示されました。
脳は報酬系と結びつくような気持のいい記憶を深い睡眠中に反芻し、記憶をより強固なものにしていたのです。
どうやら脳は起きているときとだけでなく、眠っている時も報酬系に支配されていたようです。
得意教科の成績がどんどんよくなるのに、苦手な教科は学習の成果が表れにくい…という受験生あるあるも、もしかしたら脳の働きのせいかもしれません。
もし今、不貞腐れたまま眠りそうになっているなら、簡単な部分や得意な部分を繰り返して、気分を良くしてから眠るのも、アリでしょう。
参考文献
What Does the Sleeping Brain Think About?
元論文
Reward biases spontaneous neural reactivation during sleep
提供元・ナゾロジー
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