プラスチックは、自然の中で分解されるのに非常に時間がかかるため、環境中に残留するマイクロプラスチックが大きな環境問題となっています。

そこで最近は、分解可能なプラスチックに関する研究が数多く報告されています。

そんな中国、華中科技大学 (かちゅうかぎだいがく)は、太陽と酸素にさらすことでたった1週間で分解されマイクロプラスチックを残さない新しいプラスチックポリマーを開発したと報告しています。

そんなすぐに分解されてしまうのでは容器などには使えません。これは密閉されたスマホなどの内部部品としての利用が想定されています。

研究の詳細は、アメリカ化学会が発行する学術雑誌『Journal of the American ChemicalSociety(米国化学会誌)』に、6月28日付で掲載されています。

目次

  1. 早すぎる環境分解性プラスチック
  2. 実験の失敗から生まれた新素材

早すぎる環境分解性プラスチック

今回報告されたのは、日光と空気にさらすだけで、約1週間で分解されてしまう新しいプラスチックです。

核磁気共鳴(NMR)や質量分析法などで、その化学的性質を調査したところ、このプラスチックは、太陽光の元で石油由来のポリマーからコハク酸へ急速に分解されるとわかりました。

コハク酸は、天然由来の無害な低分子で、環境中にマイクロプラスチックの破片を残すことはありません。

しかし、いくら環境に優しいとはいえ、日にあたったら1週間で分解されてしまうプラスチックなど、一体何に使ったら良いのでしょうか?

研究チームの1人、中国・武漢にある華中科技大学の有機材料科学者であるリャン・ルオ(Liang Luo)氏は次のように説明します。

「日光に弱いこのプラスチックは、1週間以上保存が必要なボトルやバッグには適していないかもしれません。

しかし、他の生物分解性ポリマーなどと一緒に配合して使うことで、埋立地でも分解を早めることができるでしょう。

またこの素材は、スマホの電子部品など、光や酸素から隔離された密閉された機械内部で使うなら何年でも耐えることができ、スマホの寿命が尽きた際には簡単に廃棄することができるのです」

実験失敗から「日光で消えるプラスチック」が開発される! たった1週間で分解可能
(画像=電子部品のゴミ / Credit:canva、『ナゾロジー』より引用)

機械内部の電子部品にもプラスチックは多用されています。

こうした部品を廃棄する際、日光で簡単に分解されるプラスチックは活躍する可能性があるというのです。

確かに、言われてみればという感じですね。

この日光で分解される特殊なプラスチックですが、その発見にはちょっと変わったいきさつがありました。

もともとこの素材は、環境に優しい素材を作ろうとして開発されたわけではなく、pHで色が変わるリトマス試験紙のような化学センサーとして開発されたものだったのです。

実験の失敗から生まれた新素材

今回の素材は、ルオ氏が2020年に、pHによって色が変わる化学センサーフィルムとして開発したものでした。

つまり、もともともは分解しやすいプラスチックを作っていたわけではなかったのです。

しかし、このフィルムはpHレベルで深紅色に変化したものの、すぐにその色は消えてしまい失敗作でした。

そのため、太陽光の下で放置されてしまいました。

ところが数日後、ルオ氏はこのプラスチックフィルムがバラバラに分解されているのに気づいたのです。

実験失敗から「日光で消えるプラスチック」が開発される! たった1週間で分解可能
(画像=作成されたブラスチックフィルム。左から右に向かって0日~7日目までの状態を示している。 / Credit:Qiang Yue/PNAS,Degradable plastic polymer breaks down in sunlight and air(2021)、『ナゾロジー』より引用)

この材料は、共益系ポリマーと呼ばれるもので、二重結合と一重結合が交互に並ぶ長い骨格を持っています。

材料を染めていた色は、染料によるものではなく、この長いモノマーの鎖からなる分子構造に由来していました。

色がすぐに失われてしまったということは、この鎖がモノマー単位に分解されたことを意味しています。

こうしたポリマー鎖を切断することは、プラスチック分解において特に難しいステップとされています。

実験失敗から「日光で消えるプラスチック」が開発される! たった1週間で分解可能
(画像=太陽光と酸素によって、鎖が断ち切られる化学結合 / Credit:Sidan Tian, et al.,Journal of the ACS(2021)、『ナゾロジー』より引用)

しかし、この素材は太陽光によってその難しいポリマー鎖を断ち切れるとわかったのです。

今回の研究には参加していませんが、カリフォルニア大学アーバイン校の材料化学者ジビン・グアン(Zhibin Guan)氏は、この分解メカニズムがかなり特殊なものだと話します。

「この分解メカニズムは、他の分解可能なプラスチックの分解方法(例えば、エステル結合やアミド結合の加水分解)とはまったく異なります。

このメカニズムの一般性を証明するには、さらに研究が必要でしょう」

この分解性プラスチックのメカニズムについては、まだまだ研究する必要があり、研究者は実用化させるには、まだ5~10年はかかるかもしれないと話しています。

しかしこの材料は、同業の研究者たちから高く評価を受けているようです。

コロラド大学の化学研究者ユージーン・チェン氏は、「プラスチック設計におけるいくつかの重要な課題を解決しており、ほぼ理想的なプラスチックの分解を実現した力作だ」と話します。

化学の分野では、本来の目的と異なる失敗した材料が、非常に有用な材料として評価されることがあります。

もはや文具の定番「ポストイット」も、もともとは強力な接着剤を作ろうとしたものが、失敗して超弱い接着剤ができてしまったことがきっかけで誕生した商品です。

今回の発見も、失敗が生んだ傑作材料になるのかもしれません。


参考文献

Degradable plastic polymer breaks down in sunlight and air(PNAS)

元論文

Complete Degradation of a Conjugated Polymer into Green Upcycling Products by Sunlight in Air


提供元・ナゾロジー

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