現在、虫歯の治療法として一般的に知られているのは、「黒ずんだ虫歯部分を削って、詰め物をする」ことです。

この方法は、「歯を覆うエナメル質は一度破壊されると再生できない」という考えから来ています。

ところが近年では、アメリカ・ワシントン大学(University of Washington)口腔健康科学科に所属するメフメット・サリカヤ氏ら研究チームが、ペプチド(短いアミノ酸の鎖)によるエナメル質再生を成功させています。

今後、削らない虫歯治療が主流になるかもしれません。

研究の詳細は、2018年3月9日付の科学誌『ACS Biomaterials Science & Engineering』に掲載されました。

目次

  1. 唾液や歯磨き粉による再石灰化はごく初期の虫歯だけ
  2. 特殊なペプチドで再石灰化をもたらす

唾液や歯磨き粉による再石灰化はごく初期の虫歯だけ

食事の後、歯の表面(エナメル質)は酸性に傾きます。

そのまま放置すると、酸によってエナメル質からミネラルが溶け出し「スカスカの状態」になります。

この状態は「脱灰(だっかい)」と呼ばれますが、これを防止してくれるのが、唾液です。

唾液は歯の酸化を抑え、失われたミネラルを補充。

スカスカの状態を修復し、「再石灰化」を行ってくれるのです。

「削らない」虫歯治療へ。ペプチドで歯のエナメル質を再生する研究
(画像=エナメル質の脱灰と再石灰化 / Credit:Depositphotos、『ナゾロジー』より引用)

虫歯のごく初期の段階では、エナメル質が脱灰に傾いた状態にあります。

この段階であれば、ミネラルやフッ素を含んだ歯磨き粉などで再石灰化を促し、修復が可能です。

しかし、エナメル質がさらに溶けてしまった状態、つまりエナメル質の一部が完全に破壊されると、それを修復することはできません。

歯が黒ずんだ「痛みのない虫歯」でもすでにこの状態にあるため、多くの場合、「虫歯に侵されたエナメル質を削り、詰め物をする」という処置がとられるでしょう。

ところがサリカヤ氏らの研究チームは、従来の常識を覆す「削らない治療法」を発見しています。

特殊なペプチドで再石灰化をもたらす

エナメル質は、歯がまだ歯茎の中にあるときに「エナメル芽細胞」が分泌するタンパク質によって形成されます。

しかし歯が歯茎から出てくるころにはエナメル芽細胞が死滅。

エナメル質はこれ以降、「維持されるか、失われるか」の2択になるのです。

研究チームが注目したのは、「エナメル芽細胞が分泌するタンパク質」です。

このタンパク質をもとに特殊なペプチドを設計し、これを有効成分としたペプチド溶液を開発しました。

「削らない」虫歯治療へ。ペプチドで歯のエナメル質を再生する研究
(画像=特殊なペプチドがエナメル質を再生する / Credit:Mehmet Sarikaya(University of Washington)_Biomimetic Tooth Repair: Amelogenin-Derived Peptide Enables in Vitro Remineralization of Human Enamel(2018)、『ナゾロジー』より引用)

そして虫歯にこのペプチド溶液を塗布したところ、新たなミネラル層が形成され、その下のエナメル質と一体化すると判明。

また同様の虫歯状態で従来のフッ素治療と比較したところ、ペプチド溶液だけが、健康なエナメル質の構造に似た厚い層を形成しました。

この方法を応用するなら、従来の「削って埋める」虫歯治療ではなく、「塗って再石灰化させる」虫歯治療が可能になるかもしれません。

とはいえ、エナメル質の下の層である象牙質にまで虫歯が進行した場合には、やはり詰め物が必要だと考えられています。

研究チームによると、ペプチド溶液による治療は、ジェルや歯磨き粉として製品導入が可能とのこと。

「歯医者いらずの歯磨き粉」の実用化と販売に期待したいところです。


参考文献

Ingeniously Simple Dental Treatment Could Heal Tooth Cavities Without Any Fillings

元論文

Biomimetic Tooth Repair: Amelogenin-Derived Peptide Enables in Vitro Remineralization of Human Enamel


提供元・ナゾロジー

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