カナダでは在宅介護を受ける老人の多くは、事前に予測可能な原因で亡くなっていますが、医師の自宅訪問を受けて予め余命を知る人はごく一部に過ぎません。

これはカナダに限った問題ではないでしょう。

余命宣告は極めて難しい問題ですが、自らに死の訪れる時を予め知っておき、準備しておきたいと考える人も当然いるでしょう。

カナダのブリュイエール研究所(the Bruyère Research Institute)の研究者は、そんな高齢者に対するケアニーズの変化に対応するため、高齢者の余命を計算できる強力なオンラインツールを開発しました。

「Risk Evaluation for Support」と名付けられたツールは95%の精度で、その人の半年以内の余命を計算することができると報告されています。

このツールは、現在オンライン上で誰でも利用可能であり、関連する論文はカナダ内科学会の発行する医学雑誌『Canadian Medical Association Journal(CMAJ)』に7月5日付で掲載されています。

目次

  1. 余命が計算できるオンラインツール
  2. 余命計算ツールは本当に必要なのか?

余命が計算できるオンラインツール

高齢者の「余命を推定するツール」が登場!半年以内の死亡率を95%の精度で言い当てる
(画像=在宅介護では、事前に予測可能な原因での死亡も多い / Credit:canva、『ナゾロジー』より引用)

「Risk Evaluation for Support」と名付けられたツールは、在宅介護を受ける高齢者の変化するケアニーズを満たす目的で開発されました。

その目的は、自らの死のタイミングを知るということです。

厳密には自身の健康のリスクを計算するものですが、ツールは高い精度でその人の余命を予測します。

このツールは、カナダで2007年から2013年の間、在宅介護を受けていた49万1,000人の高齢者の「ビッグデータ」を利用しています。

ここには多数のリスク要因が集約されていて、高血圧60.8%、冠状動脈疾患26.8%、アルツハイマー病含む認知症23.4%の患者が含まれており、データの平均年齢は79.7歳で65%が女性です。

しかし、研究者が着目した死亡予測因子はこうした疾患ではありませんでした。

研究者によると、衛生状態、トイレの使用状況、歩行などの日常生活動作の能力低下の方が、病気よりもはるかに強力な6カ月以内の死亡率予測因子だったというのです。

研究者はこのツールを、43万5千9人の成人を対象としたコホートのデータに適用してみました。

すると評価開始から6カ月以内に死亡した12万2,823人を95%の信頼度で特定することができたのです。

ツールはあくまで、50歳以上の高齢者で、在宅介護を受けるなど虚弱な健康状態の人を対象としています。

しかし、自分自身のこととして考えた場合、がんのような特定の重篤な病に冒されているわけでもないのに、半年以内の余命を通知されたいと思うでしょうか?

このツールの意義は、倫理的に難しい要因を含んでいると言わざるを得ません。

余命計算ツールは本当に必要なのか?

高齢者の「余命を推定するツール」が登場!半年以内の死亡率を95%の精度で言い当てる
(画像=迫る死のタイミングを事前に知りたいというニーズもある / Credit:depositphotos、『ナゾロジー』より引用)

ブリュイエール研究所のエイミー・スー(Amy Hsu)博士は、このツールの意義を次のように語っています。

「このツールを使うことで、家族や愛する人たちは、別れのための計画を立てることができるようになります。

例えば、成人した子供が親のそばにいるために仕事を休む時期を計画したり、家族で過ごす最後の休暇をいつにするかを決めることができるのです」

確かに介護が常態化してくると、多くの家族はその人と最後に一緒に過ごす大切な時間を作るタイミングは見つけづらくなるかもしれません。

また、介護を受ける本人にとっても、ただいつ来るかわからない死を待つより、余命を知って準備をしておきたいという人もいるかもしれません。

医師の視点からも、余命がある程度判断できれば、治療法を切り替えるタイミングを決断するのに役立つでしょう。

ここには一定のニーズが存在しています。

しかし、人が余命を知ることには、大きなマイナス面や倫理的なジレンマも存在しています。

余命を知ることで、良くも悪くも本人の行動が変わることもあるでしょう。

また、このツールの計算が世界のどこでも通用するものであるかについては、まだ疑問があります。

誤った余命を宣告される事態は避けなければなりません。

高齢者の「余命を推定するツール」が登場!半年以内の死亡率を95%の精度で言い当てる
(画像=余命は知るほうがいいのか? 知らないほうがいいのか? / Credit:depositphotos、『ナゾロジー』より引用)

カナダ、トロント大学の生命倫理学者(医学の発展から生じた倫理的問題を研究する分野)ケリー・ボウマン博士は次のように語ります。

「以前から指摘されていたことですが、特にパンデミックの発生によって、世界には人種や社会的地位、低所得者層などで、医療へのアクセス、医薬品の流通、医療を施すアルゴリズムに大きな偏りがあることがわかってきました。

こうした要因や倫理的な問題に万全の注意を払わずに、このようなツールを使うことは賢明ではありません」

現在、このオンラインツール「Risk Evaluation for Support」は、こちらで誰でも利用できるよう公開されています。

しかし、その利用には、まだ注意が必要かもしれません。


参考文献

New online calculator estimates how long seniors have left to live(zmescience)

Elder-Life Calculator for Frail Older Adults


提供元・ナゾロジー

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