脳に電極を刺すことで複数の精神障害が同時に回復したようです。

3月24日に『Frontirs in Psychiatry』に掲載された論文によれば、脳内に埋め込んだ電極で、脳深部にある領域の働きを抑制することに成功。さらに強迫性障害を治療し、うつ症状や不安も軽減することに成功したとのこと。

また手術が行われた5人のうち3人は、意識のある状態で電極を刺し、刺された際の感想をリアルタイムで聞かれたそうです。

いったいどのような手術が行われたのでしょうか?

目次
脳に電極を刺して異常回路を遮断する
脳に電極を刺す位置を決める3つの方法
薬で治らなかった症状が回復
電気で動く脳を電気で治す

脳に電極を刺して異常回路を遮断する

「患者が起きたまま脳に電極を刺し」強迫性障害を治療することに成功
(画像=上段が代表的な脳深部刺激療法(DBS)で下段が前回の研究の基礎となったステレオEEG技術。単純な抑制を目的にしたDBSはEEGにくらべて簡素な電極が用いられているのがわかる。 / Credit:drkhalidmahmood . MDPI . Consult QD . brianlab、『ナゾロジー』より引用)

脳は無数の神経回路から構成される電気的な器官です。

神経回路がつながり活性化すると健康な人間は快楽を得たり、苦しみを感じたりします。

一方、強迫性障害の患者は、特定の回路が異常活性化し、刺激が何度も繰り返されます。

その結果何度も鍵の閉め忘れが気になったり、汚れが気になって手を洗い続けるなどの症状が現れるのです。

そのためかつては、異常を起こしている回路ごと、脳の一部を切り取るという、ロボトミー的な手術が行われてきました。

しかし脳の切除はたとえごく一部であったとしても、後戻りのできない変化を精神に与えてしまうことが問題視されています。

そこで近年アメリカなどでは、異常を起こしている回路の封鎖手段として、脳に刺し込んだ電極による脳深部刺激療法(DBS)が注目されるようになってきました。

電極から放たれる電撃が脳細胞をある種の麻痺状態にすることで、神経回路を遮断して、強迫的な行動を抑制するのです。

ただ問題は、電極を埋め込む位置でした。

人間の脳は個人差が非常に大きい臓器であるため、最適な刺激位置は患者ごとに異なります。

そこで今回、研究者は意識のある状態で患者の脳を開く手術を行いました。

脳に電極を刺す位置を決める3つの方法

「患者が起きたまま脳に電極を刺し」強迫性障害を治療することに成功
(画像=代表的なDBS手術の概要:今回の研究では患者たちは5人中3人が意識がある状態で手術が行われた / Credit:Mayfield Brain and Spine . BrainFacts、『ナゾロジー』より引用)

患者にとって最適な電極の位置をどうやって決めるのか?

この問題を解決するには3つの方法が存在します。

最も先進的な方法は、複数の電極を用いて最適箇所を事前にマッピングする方法です。

以前の研究ではこの方法を用いて、患者をうつ状態から「喜びにあふれた状態」に数分で移行させることに成功しています。

2つ目は、より直接的な方法で、患者に意識があるままの状態で脳に電極をあて、位置を少しずつズラしながら、最も気分が良くなる場所を探すというものです。

今回の研究では、この方法が用いられ、5人中3人が覚醒した状態で手術が行われました。

脳には痛覚を感じる仕組みがないため、患者たちにかかる負担も少なくすみます。

なお、残りの2人は3つ目の方法である「経験的に最も効果がある場所」とされている内包腹側および腹側線条体へ、眠ったまま電極の埋め込みが行われました。

脳に刺した電極は、強迫性障害をどこまで治療できたのでしょうか?

薬で治らなかった症状が回復

「患者が起きたまま脳に電極を刺し」強迫性障害を治療することに成功
(画像=強迫性障害ではうつ症状や不安症状が合併して起きているのがほとんどだが、今回の研究ではそれら合併症の治療も行われた。なお意識があるまま手術を受けたのはP1、P3、P4の患者である / Credit:Lora Kahn et al (2021)、『ナゾロジー』より引用)

実験の結果、強迫性障害を改善することに成功しました。

研究に参加した患者たちは全員、薬物での治療に効果がありませんでしたが、電極によって脳への刺激が開始されると、強迫性障害が平均で44%もの改善がみられました。

患者たちには「絶え間ない悪い予感」「異常な凝視癖」「東と南への執着」「地獄に落ちることへの恐怖」「無生物に監視されている」など、独自の苦しみが存在しましたが、電気刺激がはじめられると、これらの強迫観念は薄れていったとのこと。

また強迫観念に合併して引き起こされていた、うつ症状が53%、不安症状が35%改善したほか、生活の質も27%上昇。

全員が職場や学校、ボランティアなどの社会活動に復帰することに成功しました。

また興味深いことに、意識がある状態で手術を受けた患者の1人(上図のP3)では、時間の経過とともに症状の改善幅が拡大していく傾向がみられました。

これらの結果は、脳に刺し込まれた電極が強迫性障害を起こしていた異常回路の封鎖に成功したことを示すと共に、合併して起きていた、うつ症状や不安症の改善にも成功したことを示します。

電気で動く脳を電気で治す

「患者が起きたまま脳に電極を刺し」強迫性障害を治療することに成功
(画像=心臓のように電気的臓器である脳に対しても電気刺激が効く / Credit:Canva、『ナゾロジー』より引用)

これまで脳深部刺激療法は、うつ症状や強迫性障害など個別の症状に対してのみ研究・治療のターゲットとされてきました。

しかし今回の研究により、脳深部刺激療法が強迫性障害だけでなく、合併していた複数の精神症状に効果的であることが示されました。

また今回の研究では患者ごとの電気刺激パターンを示したプログラミング変数が報告されており、今後の脳深部刺激療法の発展において重要な基準になるでしょう。

脳を電気で治す未来がくるかもしれません。


参考文献

OCD patients with psychiatric comorbidities can benefit from deep brain stimulation

元論文

Deep Brain Stimulation for Obsessive-Compulsive Disorder: Real World Experience Post-FDA-Humanitarian Use Device Approval


提供元・ナゾロジー

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