「ひとりの方が勉強がはかどる」「誰かと競争した方が速く走れる」などと感じたことがあるでしょう。
このように人のパフォーマンスは、社会的環境によって大きく影響を受けます。
ドイツ、マルティン・ルター大学ハレ・ヴィッテンベルク(MLU)のスポーツ科学研究所に所属するアメリ・ハインリッヒ氏ら研究チームは、観客の存在がパフォーマンスに与える影響を男女別に調査し、その違いを明らかにしました。
スタミナ競技において、観客がいないとアスリートの男性は遅くなり、女性は速くなると判明したのです。
研究の詳細は、学術誌『Psychology of Sport and Exercise』の7月号に掲載されます。
社会的促進の影響に男女差はあるのか?
「社会的促進(英語:Social facilitation)」の理論によれば、人は聴衆や観客の存在によってパフォーマンスが向上します。
この理論はパフォーマンスの低下にも適用され、こちらは「社会的抑制」と表現されることもあります。
社会的促進の効果は、これまでにもいくつかの研究で分析されてきました。
ところが、その研究対象のほとんどが男性であり、男女の違いを明確に説明するものはありません。
そこでハインリッヒ氏は、観客の存在が男性と女性のパフォーマンスにどのような違いを与えるのか調査しました。
ハインリッヒ氏はスポーツ心理学の専門家であり、同時にドイツのジュニアバイアスロン(二種競技)チームのコーチを務めています。
彼女はコロナ禍におけるスポーツ競技場の特殊な観客状況を利用し、バイアスロン(クロスカントリースキーとライフル射撃)における「無観客の2020年のパフォーマンス」と「観客有りの2018/2019年のパフォーマンス」を比較しました。
観客がいないと男性は遅くなり、女性は速くなる
男性の調査結果はハインリッヒ氏の予想どおりでした。
男性アスリートは観客がいると、クロスカントリースキーでより良いタイムを出し、ライフル射撃の成績は悪くなっていました。
この結果は、これまで「一般的」だと考えられてきた社会的促進効果と同じです。
ところが女性の場合は、まったく逆の結果になりました。
女性アスリートは観客がいると、クロスカントリースキーのタイムが落ち、ライフル射撃の成績は上昇したのです。
つまりスタミナを必要とする競技では、観客がいないと男性は遅くなり、女性は速くなるのです。
今回の研究の対象はスプリント種目のバイアスロン選手83名、マススタート種目のバイアスロン選手34名であり、いずれも同じ傾向が見られました。
そのため研究チームは、得られた男女差による傾向を偶然ではなく、根拠のある結果として捉えています。
では、なぜ男女で社会的促進の効果に差が出たのでしょうか?
ハインリッヒ氏は「男女特有の固定観念が影響しているかもしれない」と述べています。
現段階では憶測することしかできないので、この点はさらなる研究が必要でしょう。
とはいえ、今回の結果はこれまで知られてきた理論の一般性に疑問を投げかけるものとなりました。
今後は男女差にも焦点を当てた研究がより正確な理論を構築するのかもしれません。
参考文献 Sports: Men and women react differently to a missing audience
元論文 Selection bias in social facilitation theory? Audience effects on elite biathletes’ performance are gender-specific
提供元・ナゾロジー
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