科学ユーチューバーと物理学者の賞金1万ドル(約110万円)をかけた大勝負が勃発しました。

ことの発端は、先月末に、アメリカの人気科学YouTubeチャンネル「Vertiasium」にアップされた一本の動画。

そこでチャンネルホストのデレク・ミュラー氏は「風力のみで動く乗り物が、風そのものよりも速く走る」ことを実証しています。

しかし、それに待ったをかけたのが、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の物理学者、アレクサンダー・クセンコ氏です。

氏は「エネルギー保存の法則に反するため、物理学的にありえない」と反論。

つまり、二人の争点は”風を動力源とする乗り物は、風そのものより速く走れるのか”ということです。

これは10年以上前から議論されている問題で、いまだに決着がついていません。

さて、双方の言い分はどのようなものでしょうか。

目次

  1. 風より速い「風力ヨット」の仕組みとは?
  2. クセンコ氏「風より速いのはただの錯覚」

風より速い「風力ヨット」の仕組みとは?

こちらが、勝負のきっかけとなった動画です。

動画内で使用されたのは、空気力学者で熱心なカイトサーファーでもあるリック・カヴァラーロ氏が製作したランド(陸上)ヨット「ブラックバード号(Blackbird)」です。

カヴァラーロ氏によると、ブラックバード号は風だけを加速源として、風速自体を上回るスピードを出すという。

ミュラー氏とチームスタッフは、その真偽を確かめるべく、カヴァラーロ氏の協力のもと、ブラックバード号の実証テストを行いました。

ヨットは帆に風を受けて推進力を得ますが、この時、風向きと平行に風を受けると風速は超えられません。

「風のみで動くヨットは風速を上回れるか?」科学ユーチューバーと物理学者が1万ドルをかけて勝負!
(画像=『ナゾロジー』より 引用)

しかし、カヴァラーロ氏は「風向きに対して斜めに風を受ければ、動力が増して風速を超えられる」と指摘します。

「風のみで動くヨットは風速を上回れるか?」科学ユーチューバーと物理学者が1万ドルをかけて勝負!
(画像=『ナゾロジー』より 引用)

例えば、風船とヨットを競争させるとして、ともに風向きと平行に進めば差は出ません。

ところが、ヨットを風向きに対しジグザグに操作すれば、風船より速く前進できるのです。

「風のみで動くヨットは風速を上回れるか?」科学ユーチューバーと物理学者が1万ドルをかけて勝負!
(画像=『ナゾロジー』より 引用)

カヴァラーロ氏は、この原理を応用して、ブラックバード号のプロペラが常に風を斜めに受けられるよう設計しました。

分かりやすくするため、上の水面の画像を筒状に丸めるイメージをしてください。

すると、その上のヨットは水柱を斜めにグルグルと前進します。

そのヨットを2艘にしたときのイメージがこちらです。

「風のみで動くヨットは風速を上回れるか?」科学ユーチューバーと物理学者が1万ドルをかけて勝負!
(画像=『ナゾロジー』より 引用)

この場合、2艘とも常に風を斜めに受けています。

これをプロペラとして具現化したのが、ブラックバード号です。

「風のみで動くヨットは風速を上回れるか?」科学ユーチューバーと物理学者が1万ドルをかけて勝負!
(画像=『ナゾロジー』より 引用)

このユニークなデザインにより、プロペラが後ろの風からエネルギーを効率よく拾い、前進する力を増大させるという。

実際、ミュラー氏が試乗したテストでは、ブラックバード号が風速の2.8倍の速さを記録したと報告されています。

こうしてミュラー氏は「風力のみで動く乗り物は、風そのものより速く走ることができる」と結論しました。

「風のみで動くヨットは風速を上回れるか?」科学ユーチューバーと物理学者が1万ドルをかけて勝負!
(画像=『ナゾロジー』より 引用)
「風のみで動くヨットは風速を上回れるか?」科学ユーチューバーと物理学者が1万ドルをかけて勝負!
(画像=『ナゾロジー』より 引用)

しかし、動画を見たクセンコ氏が「その結論は間違っている」とミュラー氏に反対しました。

その心は?

クセンコ氏「風より速いのはただの錯覚」

クセンコ氏は普段から同チャンネルを楽しんで視聴しており、ミュラー氏とも科学談義をしたことがありますが、今回の実験には問題があると主張します。

クセンコ氏は端的に「一時的なスピードアップならまだしも、エネルギー保存の法則から、物体が持続的に風より速く走行することは不可能」と指摘。

続けて、「今回のような屋外テストでは、風速ランダムに変化するため、ブラックバードは風よりも速く移動しているように見えるだけでしょう。

このような状況下では、突風が吹くとヨットが加速し、風が減速しても慣性でその速度を維持するため、現在の風速よりも速く走行しているように錯覚するのです。

確かに、少しの間は風速を上回るかもしれませんが、それを”機体が風より速く走った”というには適切でありません」と説明します。

「風のみで動くヨットは風速を上回れるか?」科学ユーチューバーと物理学者が1万ドルをかけて勝負!
(画像=アレクサンダー・クセンコ氏 / Credit: en.wikipedia、『ナゾロジー』より 引用)

また、「動画内の説明は物理学的に明らかに間違っていたし、実験も疑問に答えるために適切に設計されていませんでした。

だから私はデレクに、動画の問題点を指摘するメールを送ったのです」と話します。

しかし、これがミュラー氏の心に火を点けました。

ミュラー氏は「1万ドルを賭けてどちらが正しいか勝負しよう」とクセンコ氏に持ちかけたのです。

売り言葉に買い言葉で、クセンコ氏も勝負に乗りました。

クセンコ氏は「物理の法則のおかげで、私は何のリスクも負っていません。ですから、金額の大小にかかわらず、どんな賭けにも応じられましたよ」と自信をのぞかせています。

「風のみで動くヨットは風速を上回れるか?」科学ユーチューバーと物理学者が1万ドルをかけて勝負!
(画像=サイン入りの承諾書まで用意 / Credit: Alexander Kusenko-Debunking the claim of propeller-assisted downwind land sailing faster than the wind (a $10,000 wager)、『ナゾロジー』より 引用)

二人は承諾書に直筆でサイン。

見届け人として、アメリカの科学教育者ビル・ナイ氏、天体物理学者ニール・ドグラース・タイソン氏、カリフォルニア工科大学の物理学教授ショーン・キャロル氏が、勝敗のジャッジをします。

立証責任はミュラー氏にあり、ブラックバード号を適切な条件下で風速より速く走らせることができれば勝利です。

勝負はミュラーサイドの準備が整い次第、行われる予定。

すでに勝ちを確信しているクセンコ氏は、賞金の1万ドルを自身が共同設立したオンライン学習プラットフォーム「Kudu」に寄付すると話しています。

同じく勝利を信じて疑わないミュラー氏も、賞金を寄付する慈善団体を検討中とのこと。

果たして、勝敗はいかに?

参考文献
A YouTuber Bet A Physicist $10,000 That A Wind-Powered Vehicle Can Outrun the Wind

A Physicist and a YouTuber Made a $10,000 Bet Over the Laws of Physics

提供元・ナゾロジー

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