生まれて間もない赤ちゃんは、たまになにもない空間をじっと見つめているときがあります。

赤ちゃんには特別な感性があり、私たちには見えないこの世ならざる何者かの存在を感じ取っているのでしょうか?

その考え方は、半分当たっていたかもしれません。

中央大学などの研究チームは、生後半年以下の乳児には、物体の知覚を阻害する「逆向マスキング」という知覚現象が生じず、そのために大人や高月齢乳児では見えないものを見ていると報告しています。

生まれたての赤ちゃんは、安定的な知覚が未発達なために、瞬間的に見えたものの残像がいつまでも残ってしまっていたようです。

この研究の詳細は、米国科学雑誌『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』に6月24日付でオンライン掲載されています。

目次

  1. 一瞬だけ見えたものに気づかない「逆向マスキング」現象
  2. 生後半年以内の赤ちゃんには、逆向マスキングが発生しない

一瞬だけ見えたものに気づかない「逆向マスキング」現象

昔テレビではフライングゲームという一瞬だけ見えたものを当てるゲームがありましたが、私たちは一瞬だけ見えたものでも、それが何なのかだいたい認識することができます。

しかし、一瞬だけ物体が見えた直後に、同じ位置に他のものを提示されると、最初に見えたものが何だったのかわからなくなり、その存在に気づくことすらできなくなります。

これは実験心理学の分野で「逆向マスキング(backward masking)」と呼ばれている知覚現象です。

赤ちゃんは「大人には見えないもの」が見えているという報告
(画像=私たちは一瞬見えたものの直後に違うものが見えると、何が見えたのか知覚できなくなる / Credit:中央大学,赤ちゃんには大人が見えないものが見える?(2021)、『ナゾロジー』より引用)

これは前に見えたものを覆うような物体でなくとも、ただ四隅に点を打っただけの中途半端な視覚情報でも発生してしまいます。

なぜこのような現象が起きるかについては、未だ明確な解答はありませんが、いくつか説が存在します。

その1つが視覚のフィードバック処理の妨害仮説です。

私たちがものを見たとき、眼から脳の視覚領域へ情報が送られます。

私たちは見たものが何であるのか理解するために、この情報を高次の脳領域へ順序立てて(ボトムアップ)処理していきます。

しかし、このとき私たちの脳は高次の領域から低次の領域へと「フィードバック処理」も行っていることがわかっています。

フィードバック処理が行われる理由は、私たちが安定的にものを知覚するためだと考えられています。

1種の見たものの答え合わせをしているような状態でしょう。

赤ちゃんは「大人には見えないもの」が見えているという報告
(画像=脳のフィードバック処理のために、私たちは一瞬見えたものを上書きされる認識できなくなる / Credit:canva,ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より引用)

瞬間的に見えて、すぐにその対象が消えてしまった場合、見たものの情報は視覚短期記憶として格納されます。

このため、私たちは何を見たのか記憶を頼りに推測することができます。

しかし、瞬間的に見えたもののあとに別のものが見えてしまうと、フィードバック処理が妨害されて、最初に何を見たのかわからなくなってしまうのです。

生後半年以内の赤ちゃんには、逆向マスキングが発生しない

資格における脳のフィードバック処理は、近年の研究で私たちの安定した知覚のために重要なものであるとわかってきています。

しかし、こうした能力の発達過程についてはほとんどわかっていません。

そこで、今回の研究チームは生後1歳未満の乳児を対象にして、逆向マスキング現象が起きるかどうかを調査しました。

実験では、顔写真を短時間提示した後、周囲に4つの点を表示して逆向マスキングが起きるかどうかを調べました。

ここでは、マスキングありとなしの2種類のパターンを試し、赤ちゃんの注視時間を測定しました。

もし、逆向マスキングが発生していない場合、赤ちゃんの注視時間は長くなると予想されます。

赤ちゃんは「大人には見えないもの」が見えているという報告
(画像=実験方法と結果 / Credit:中央大学,赤ちゃんには大人が見えないものが見える?(2021)、『ナゾロジー』より引用)

また、最初から顔を表示せず、4つの点だけを表示した場合と、顔を表示した後マスキングした場合の比較も行われました。

もし、逆向マスキングが発生している場合、非マスキング時のみ、視覚記憶で顔の残像のようなものが見えて注視時間が伸びるはずです。

それ以外では、すべて顔写真は消えて見えるので、注視時間は変わらないと考えられます。

実験の結果、生後7~8カ月の赤ちゃんでは、予想通り非マスキング条件で注視時間が伸びましたが、それ以外の条件では注視時間に差がありませんでした。

ところが、生後3~6カ月の赤ちゃんでは顔が最初から表示されなかった場合のみ注視時間が減り、それ以外の条件では注視時間が同じになったのです。

つまり、これは生後6カ月以内の赤ちゃんは、逆向マスキングが発生しておらず、最初に顔写真が表示された後は、どの条件でも消えた顔写真の残像が見えていたことになります。

赤ちゃんは「大人には見えないもの」が見えているという報告
(画像=生後6カ月以下の赤ちゃんは、高月齢児が知覚できないものが知覚できている / Credit:中央大学,赤ちゃんには大人が見えないものが見える?(2021)、『ナゾロジー』より引用)

つまり、生後6カ月以下の低月齢児の赤ちゃんは、7カ月以上の高月齢児の赤ちゃんや大人では知覚できないものが知覚できていたことになるのです。

こうした結果が出る背景は、さきほども説明した、安定して世界を知覚するためのフィードバック処理が、低月齢児の赤ちゃんにはまだ備わっていないためだと考えられます。

赤ちゃんは「大人には見えないもの」が見えているという報告
(画像=生後半年頃を境に、ボトムアップの処理からフィードバックを組み込んだ処理へと、視覚処理のメカニズムが 大きく変化する / Credit:中央大学,赤ちゃんには大人が見えないものが見える?(2021)、『ナゾロジー』より引用)

なんだか、生後間もない赤ちゃんの方が知覚能力が高いように感じてしまう結果ですが、フィードバック処理はぼやけていたり、一部が欠けていたりするような曖昧な視覚像を、安定して知覚するために獲得された能力と考えられています。

生後間もない赤ちゃんはそのような安定した視覚能力がまだ備わっていないため、私たちよりも世界を曖昧に捉えており、そのため、本来私たちでは見ないものがずっと見えているような状態になっているのです。

赤ちゃんは何もない場所をじっと見つめているときがありますが、それは私たちではもう知覚できなくなった瞬間的な残像を、じっと見つめているだけなのかもしれません。


参考文献

赤ちゃんには大人が見えないものが見える?(中央大学)

元論文

Perception of invisible masked objects in early infancy


提供元・ナゾロジー

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