上達したいなら頻繁に休んだほうがよさそうです。
6月8日にアメリカの国立衛生研究所(NINDS)の研究者たちにより『Cell Reports』に掲載された論文によれば、ピアノの練習のような新しいスキルを習得する場合、頻繁な休憩を行うと効果的な上達ができるとのこと。
またスキルの上達は練習中には起こらず、休憩中にのみ発生することが示されます。
練習・休憩・上達の不思議な関係を、最新の脳科学はどのようにして解き明かしたのでしょうか?
新しいスキルは休憩がなければ上達しない
練習は上達に必須です。
そのため多くの人々が目指すスキルを獲得するために練習に時間をかけています。
一方で古くから「一晩寝ると上達する」という奇妙な現象も知られていました。
この不思議な現象は脳科学でも大きなテーマとされており、練習・記憶・上達の関係を解き明かすために、様々な研究が行われています。
ですが体験した人にはわかるように、不思議な上達効果は「目覚めた休憩」でも起こります。
難しくて投げてしまった部分を、トイレから戻ってやってみると、すんなりできてしまったという感覚です。
しかし現象としては知られていても「目覚めた休憩」と上達の関係は詳しくわかっていませんでした。
そこで今回、アメリカの国立衛生研究所(NINDS)の研究者たちは、この「目覚めた休憩」が上達をうながすメカニズムの解明を試みます。
ただ問題は、被験者たちに何を練習してもらうかでした。
ピアノや縄跳びなどスキルは数多く存在しますが、ピアノは音楽性やリズム感、縄跳びは筋肉量や肥満度など、上達を制限・ブーストする複数の要因があるため、結果にノイズがまじってしまいます。
そこで研究者たちは極めて簡単な練習をベースにすることにしました。内容は「4・1・2・3・4」という5ケタのキー入力を10秒間に可能な限り早く行うというものです。
また脳活動を測定するために、まず人間が特定の数字を脳裏で念じた時に、どのような脳波パターンが発生するかを解読します。
次に解読結果を反映させた装置を使うと、脳内で念じられた数字を感知することができます。
研究者たちは33人の被験者に対して10秒間のキー入力練習と10秒間の休憩というセットを35回行ってもらい、その間の被験者たちの脳活動を測定しました。
すると意外な結果が分かりました。
上の図が示すように、練習の成果は練習中に全く上達しない一方で、10秒間の休憩が終わるごとに上達が起きていました。
また上達度は35回のうち、最初の11回の休憩中が最も大きく、その後は横ばいになっていたのです。
これは日常的な経験則とも一致します。
多くの人々が楽器や自転車に乗る練習をしていますが、演奏中や乗車中にモリモリ上達した記憶を持つ人はあまりいません。
むしろ、日をはさんだり休憩をはさんだりして何度も取り組むうちに、気付いたら上手くなっていたという人が多いでしょう。
また上達の度合いも最初が早く、繰り返すほど緩やかになります。
実験結果は、それが5ケタの数字の入力という、極めて単純な練習でも起きていることを示します。
さらに興味深いことに、起きている間の短い休憩は、1晩の休憩よりも上達度を上げるのに効果的であることがわかりました。
どうやら休憩による上達効果は、1晩である必要はなく、目覚めた状態の「秒」単位でも起きていたようです。
しかしそうなってくると、気になるのは休憩中に脳内で何が起きているかです。
休憩中の脳内では練習内容が超高速再生され上達効果をうんでいた
なぜ上達は休憩中にのみ起こるのか?
謎を調べるために研究者たちは休憩中にある被験者たちの脳波を調べました。
結果、休憩中の脳内では練習していた「4・1・2・3・4」の入力が、練習中の20倍という超高速で繰り返し再生されていることが判明しました。
また脳内での再生回数は、上達度が最も大きかった初期の休憩期間が最大(25回)であり、以降の休憩に比べて2~3倍となっていました。
さらに興味深いことに、脳内での高速再生の回数が多い被験者ほど、休憩後の上達度の跳ね上がりが大きくなっていました。
加えて研究者たちは休憩中の高速再生の頻度情報だけから、被験者個人の上達度を正確に予測することにも成功します。
これらの結果は、休憩中に起きている練習内容の高速再生のとその頻度が、素早い上達に欠かせない要素であることを関連していることを示します。
超高速再生が上達につながるのは記憶の圧縮と統合が起きているから
今回の研究により、新しいスキルの練習・休憩・上達の関係が解き明かされました。
休憩中に起こる練習内容の超高速再生には上達を起こす秘訣だったのです。
そして上達の個人差は、休憩中に起こる高速再生の回数に依存していました。
また休憩による上達効果は、経験的な1晩ではなく「秒」単位で起こることも示されます。
さらに追加の実験によると、休憩中の高速再生が行われているのは脳の「感覚運動領域」、「海馬」、「嗅内皮質(きゅうないひしつ)」の3カ所であることも判明します。
研究者たちは、休憩に入ることで、これら3カ所の脳領域が緊密に情報交換を行い、練習内容の圧縮・統合することで、上達効果をうみだしていると結論しました。
もし今後、新しいスキルを学ぶ予定があるのならば、練習の合間に「起きている状態の休憩」を頻繁にとってみるといいかもしれません。
根性論的な、ぶっ続けの練習よりは大きな効果をうむかもしれません。
参考文献
Study shows how taking short breaks may help our brains learn new skills
元論文
Consolidation of human skill linked to waking hippocampo-neocortical replay
提供元・ナゾロジー
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