今から約1200万年前、大陸プレートの衝突によって、ヨーロッパ中央に地球史上最大の湖ができました。

これを「パラテチス海(Paratethys sea)」といいます。

すでに消失したこの湖には、世界最小のクジラをはじめ、独自の生態系が築かれていました。

そして今回、国際研究チームの最新調査により、湖が消滅した経緯や、その後の生態系への影響などが明らかになったとのこと。

パラテチス海は、いかに栄え、いかに消えていったのでしょうか。

研究は、6月1日付けで『Scientific Reports』に掲載されています。

目次

  1. 水量は現存する全湖の10倍以上
  2. 縮んだ湖に適応した「世界最小のクジラ」

水量は現存する全湖の10倍以上

パラテチス海は、世界地図で表すと、イタリア上部のアルプス山脈〜中央アジアのカザフスタンまで広がっていました。

その大きさは、280万平方km以上とされており、地中海の面積を凌ぎます。

また、今日最大の湖であるカスピ海が約37万4000平方kmであることを踏まえると、その大きさが分かるでしょう。

さらに、パラテチス海の最盛期には177万立方kmを超える水が存在したと推定されており、これは現存するすべての湖を合わせた水量の10倍以上に相当します。

イタリアからカザフスタンまで広がっていた地球最大の湖「パラテチス海」消滅の謎
(画像=最盛期は地中海(250万平方km)より大きかった / Credit: Sid Perkins(Science)-The rise and fall of the world’s largest lake(2021)、『ナゾロジー』より引用)

研究チームは、パラテチス海の移り変わりを調べるため、既知の地質学的記録や化石記録を総合し、分析しました。

その結果、湖は誕生から消滅までの約500万年の間に、気候変動が原因で4回ほど劇的に縮小していたことが分かったのです。

790万〜765万年前には水位が250mも低下し、最大縮小時には、3分の1の水量と3分の2以上の表面積が失われていました。

それにより、パラテチス海の西部(今日の黒海あたり)の塩分濃度が、海水の3分の1から同等のレベルまで急上昇したと考えられています。

この変化が原因となって、湖にいた藻類や微生物、その他、多くの水棲生物が絶滅しました。

その一方で、縮小した湖に適応した生物たちもいたようです。

縮んだ湖に適応した「世界最小のクジラ」

縮小した湖にはやがて、他ではみられない多様な軟体動物や甲殻類、海洋哺乳類が生息するようになりました。

ウクライナ国立学士院(National Academy of Sciences of Ukraine)の進化生物学者、パベル・ゴルディン氏は「パラテチス海に生息したクジラやイルカ、アザラシの多くは、外洋で見られるものをそのまま小型化したもの」と言います。

そのうちの1種、絶滅したヒゲクジラ種の「ケトテリウム・リアビニーニ(Cetotherium riabinini)」は、全長が成体でわずか3m。

これは現在のバンドウイルカより1mほど小さく、化石記録に残っているクジラの中では史上最小です。

ゴルディン氏は「小柄な体格が、縮小していく湖への適応に役立ったのでしょう」と説明します。

イタリアからカザフスタンまで広がっていた地球最大の湖「パラテチス海」消滅の謎
(画像=世界最小のクジラの復元図と化石 / Credit: Sid Perkins(Science)-The rise and fall of the world’s largest lake(2021)、『ナゾロジー』より引用)

その一方で、湖の縮小は、周辺の陸上動物にも影響を与えたとされます。

ドイツ・テュービンゲン大学(University of Tübingen)の進化生物学者、マデレーヌ・ベーム氏は「パラテチス海の水位が下がったことで、新たに露出した海岸線が草原となり、陸上生物の進化のホットスポットになった」と指摘します。

湖の南側、今日のイラン西部あたりの地質・化石記録を調べてみると、現在のキリンやゾウの祖先が繁栄していたことが示されました。

ベーム氏は「これらの大型哺乳類が、875万〜625万年前の間に発生した4回の乾燥機に南西方向へと下りていき、アフリカに移動した可能性が高い」と説明します。

つまり、アフリカのサバンナに見られる生物多様性は、パラテチス海の衰退に端を発していると考えられるのです。

イタリアからカザフスタンまで広がっていた地球最大の湖「パラテチス海」消滅の謎
(画像=大型哺乳類がアフリカへ大移動? / Credit: jp.depositphotos、『ナゾロジー』より引用)

哺乳類の繁栄とは対照的に、パラテチス海は悲しい運命をたどりました。

690万〜670万年前の間に、侵食によって湖の南西端に流出口が生じ、水が地中海へと流れ出て、湖が消失してしまったのです。

それまで湖にいた生き物たちがどうなったのでしょうか。

おそらく、その多くは枯渇した湖で死に絶えたか、地中海の環境に適応できず死んでしまったと予想されます。

しかし、一部の生物は今もパラテチス海の生き残りとして、細々と暮らしているかもしれません。


参考文献

Ancient ‘Megalake’: The Largest Lake Ever Held 10 Times The Water of All Lakes Today

The rise and fall of the world’s largest lake

元論文

Late Miocene megalake regressions in Eurasia

Neogene hyperaridity in Arabia drove the directions of mammalian dispersal between Africa and Eurasia


提供元・ナゾロジー

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