新しい発見によると、相対性理論に頼らなくても「時間を遅らせる」ことができるかもしれません。
ドイツ・ライプツィヒ大学(Leipzig University)のピーターデバイ軟質物質物理研究所(Peter Debye Institute for Soft Matter Physics)に所属するヨルク・シュナウス氏ら研究チームは、重水に浸して細胞の時間を遅延させることに成功しました。
チームによると、冷凍保存のように温度を変える必要はありません。
研究の詳細は、6月3日付の科学誌『Advanced Materials』に掲載されました。
水とは性質の異なる「重水」に浸す
重水(D2O)は水(H2O)と同じように水素と酸素からできていますが、水素の原子核に若干の違いがあります。
普通の水素が陽子1個なのに対し、重水素(Dまたは2H)の原子核には中性子が1個多く含まれているのです。
そのため重水素は普通の水素より重く、重水と水では性質も異なっています。
例えば、重水には「水より中性子を吸収しにくい」という性質があり、核燃料の有効活用に役立ちます。
そのため原子力発電に利用されてきました。
また最近では「重水が人間にとって甘い」ことも研究で示されています。
そして今回チームが着目したのは、「重水が細胞に与える影響」です。
新しい研究では、重水に細胞を浸けるだけで、細胞の時間を大幅に遅らせることができました。
重水の中では、細胞活動がスローモーションになっていたのです。
重水の水素結合が細胞活動を遅延させる
研究チームがスローモーション効果をさまざまな方法で確認したところ、この効果は、構造タンパク質間の相互作用の増加に起因するとのこと。
そもそもタンパク質はすべての生物がもつ分子であり、さまざまな結合力が働くことでその構造や機能が維持できます。
そしてその結合力には「水素結合」も含まれています。
これは水などがもつ分子間で引き合う力のことです。
重水には、「水よりも強い水素結合を形成する」という性質があります。
では、水素結合でバランスを保っているタンパク質を、強い水素結合ばかりの環境(重水)に浸すなら、どうなるでしょうか?
当然そのバランスは崩れ、タンパク質の機能に変化があるはずです。
実際研究では、重水で浸したアクチン(筋肉を構成する主要タンパク質の一種)などの構造タンパク質がより強く相互作用し、短時間でくっついてしまいました。
結果として細胞活動がスローモーションになり、「細胞の時間が遅れた」のです。
遅延効果は可逆性あり!臓器移植に役立つかも!
研究チームは、重水による活動遅延が温度変化を必要としないことを強調しています。
彼らによると、「同じ温度でも細胞活動がスローモーションになるのは非常に興味深いことです。これまで物理学的にその可能性を提供してきたのは、相対性理論だけです」とのこと。
さらにこの現象は可逆性があります。
時間遅延させた細胞を通常の水性媒体に移すと、すぐに元の性質を取り戻すのです。
通常、細胞は活動的であり、大きな変化を受けると死んでしまいます。
ところが今回の実験では細胞は死なず、単にスローモーションになっただけであり、性質も元に戻りました。
そのためチームは、今回の研究が、細胞や組織の生命力を長く維持することに応用できると考えています。
将来的には、臓器を重水に浸けて長期保存できるようになるかもしれないのです。
参考文献
How to retard time for cells
元論文
Cells in Slow Motion: Apparent Undercooling Increases Glassy Behavior at Physiological Temperatures
提供元・ナゾロジー
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