人間を含む哺乳類にとって、手足を失うという出来事は、二度ともとに戻すことのできない大怪我です。

しかし、サンショウウオは手足を失っても、容易に再生することができます。

同じ生き物でありながら、この違いはなんなのでしょう? なぜサンショウウオには手足が再生できて人間にはできないのでしょうか?

米国メイン州バー・ハーバーのMDI生物学研究所(MDI Biological Laboratory)の研究チームは、サンショウウオでは再生が促進され、マウスでは再生が阻害される分子シグナルの違いを発見し、この謎の解明に一歩近づいたと報告しています。

哺乳類とサンショウウオの再生能力の違いがなぜ起きるか理解できれば、人間の手足を再生させることも可能になるかもしれません。

目次

  1. 傷跡が再生を妨げる
  2. 実は人間も再生能力を持っている

傷跡が再生を妨げる

今回の研究で比較対象となったのは、再生能力が高いサンショウウオの「アホロートル(axolotl)」です。

アホロートルはメキシコサンショウウオなどの「幼形成熟」個体(体は幼形のまま生殖機能だけ成熟して繁殖可能になった個体)の総称で、日本では一般的に「ウーパールーパー」の名で知られています。

哺乳類の代表はマウスです。

哺乳類は体の一部を失ったり大きく損傷した場合、そこを再生する代わりに傷跡を形成します。

この傷跡は再生を妨げる物理的な障壁となります。

一方、アホロートルは体の一部を失う怪我をしても傷跡を形成しません。

怪我をしたときのこの体の反応の違いこそが、欠損した体を再生させる能力解明の重要な手がかりです。

今回の研究チームを率いたMDI生物学研究所のジェームズ・ゴドウィン(James Godwin)博士は、「瘢痕(はんこん:傷跡のこと)形成の問題を解決できれば、人間の潜在的な再生能力を引き出すことができるかもしれません」と語ります。

ヒトも手足の再生能力を持つ可能性がウーパールーパーから見つかる
(画像=ウーパールーパーの入った水槽を持つジェームズ・ゴドウィン博士 / Credit: MDI Biological Laboratory、『ナゾロジー』より引用)

アホロートルは傷跡を残さないため再生が可能です。

1度傷痕ができてしまうと、再生という観点においてはゲームオーバーになってしまいます。

つまり、目指すべきは、人間の傷痕形成を防ぐことなのです。

実は人間も再生能力を持っている

アホロートル、つまりはウーパールーパーは、自然界ではほぼ絶滅してしまった種です。

しかし、自然界で最強の再生能力を持つことから、再生医療研究では非常に人気のある生き物です。

サンショウウオのほとんどはある程度再生能力を持っていますが、なんとアホロートルは手足や皮膚、尾だけでなく肺や心臓、卵巣、脊髄、さらには脳まで、ほとんどの体の部位を再生させることができるのです。

ヒトも手足の再生能力を持つ可能性がウーパールーパーから見つかる
(画像=ウーパールーパーは心臓から脳まで体のあらゆる部位を再生する自然界の再生チャンピオンといえる生物 / Credit: MDI Biological Laboratory、『ナゾロジー』より引用)

実は哺乳類も胚の状態や幼生では再生能力を持っていて、人間の乳児は心臓組織を再生したり、指先を失っても再生することができます。

つまり、成体の哺乳類でも、再生に必要な遺伝子コードは保持している可能性が高いのです。

そのため、病気や怪我で失われた組織や器官を、傷跡を残さずに再生させるような医薬療法は開発できる可能性があるのです。

では傷跡を残さないという状態は、どうすれば実現可能なのでしょうか?

今回、研究チームが着目したのは、免疫細胞として有名なマクロファージです。

ゴドウィン博士は免疫学者でもあり、傷が発生した際、真っ先に反応する免疫系に、今回の問題を解明する鍵が潜んでいると睨んだのです。

また、過去の研究からもマクロファージは、再生において不可欠な存在であることが報告されています。

アホロートルでもマクロファージが枯渇すると、哺乳類同様傷痕が形成されて、再生が行われなくなるというのです。

そして、研究チームが調査した結果、バクテリアやウイルスなど病原体にさらされたときのマクロファージのシグナル伝達は、アホロートルとマウスでほとんど一緒でしたが、怪我をした時のシグナル伝達は異なっていることがわかりました。

マウスの場合、マクロファージは傷痕形成を促進するシグナルだったのに対して、アホロートルのマクロファージは新しい組織の成長を促進させるシグナル伝達を行っていたのです。

具体的には、マクロファージが組織の感染や損傷などの脅威を認識した際、炎症反応を引き起こす「Toll(トル)様受容体:TLR」というタンパク質群のシグナル伝達反応が「予期せぬほど多様だった」とのこと。

これがアホロートルの再生能力を支配する重要なメカニズムにつながっていると考えられるのです。

再生の準備段階の一部が解明されつつあります。

ゴドウィン博士は、「これが人間の再生のスイッチを入れるきっかけになるだろう」と述べています。

「たとえば、創傷部位にハイドロゲルを局所的に流し込んで、ヒトのマクロファージの行動をアホロートルのマクロファージの行動と似たものに変える調整剤を作ることができたとすればどうなるだろうか、ということを考えています」

これがすぐに、人間の手足を再生させるような技術につながるというのは現実的ではないかもしれません。

しかし、心臓や肺、肝臓、腎臓など臓器の瘢痕化が原因となる病気においては、これを改善させる新しい治療法につながる可能性があります。

義手や義足のように、失った体の部位を補う技術もどんどん進歩していますが、失った体を再生させることができるようになるなら、それに越したことはないでしょう。

近い将来には、病気や怪我による体の損傷が、恒久的に人生の質を下げてしまうような問題は解決されるかもしれません。


参考文献

MDI Biological Laboratory Scientist Identifies Signaling Underlying Regeneration(MDI Biological Laboratory)

元論文

Distinct toll-like receptor signaling in the salamander response to tissue damage


提供元・ナゾロジー

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