人間はほどほどの恐怖を楽しむ生き物のようです。
『Psychological Science』に掲載されたお化け屋敷を舞台にした論文によれば、人間は特に「中程度の恐怖」を最も好む傾向があったとのこと。
ちっぽけな恐怖と怖すぎる恐怖は、どちらも楽しさを上手く発生させることができなかったようです。
なぜ人間は調節された恐怖に最も魅力を感じるのでしょうか?
恐怖と快感は脳の同じ部位からうまれる
ホラー映画、ジェットコースター、お化け屋敷など、人間は恐怖を与えてくる体験に自らを積極的に投じ、快楽を覚えます。
一方、恐怖の研究が進んでいるマウスをはじめ、犬や猫といった動物にとって、恐怖は単に恐怖であり、快楽とは無縁です。
なぜ人間だけが恐怖を楽しむのでしょうか?
近年になって行われたいくつかの研究は、人間のこの不思議な性質を解き明かしてきました。
鍵となるのは、哺乳類の脳に広く存在する小脳扁桃と呼ばれるアーモンド型の神経塊です。この小脳扁桃は、現実であっても虚構であっても恐怖によって活性化します。
つまりヒトに進化する前の私たちの先祖もまた、恐怖は恐怖として区別なく反応していたのです。
しかしヒトに進化する過程で、私たちの小脳扁桃はバージョンアップが行われ、恐怖を感じると同時に快感もうみだすようになります。
結果、ヒトにとって恐怖と快楽はコインの表と裏となり、どちらかを感じると、もう一方も同時に発生するようになってしまったのです。
またこの快楽との結びつきは恐怖だけではなく、ギャンブルなどに代表される喪失や損失、さらに痛みとも結びついていることも判明します。
人間にとって、恐怖・損失・痛みは快楽の裏返しになっているのです。
しかしどうして人間はこんなにも「ドM」になってしまったのでしょうか?
恐怖に快楽で立ち向かう
理由として考えられるのは、人間は、私たちがヒトになった後も、かなり長い間、食べられる側の存在だったからです。
大型の肉食獣に噛みつかれて、痛みだけを感じてうずくまっていては、そのまま食べられてしまいます。
肉食獣から受ける痛みや恐怖に対して快感が同時に働けば、一種の打ち消し合いが生じ、高度に発達した脳から冷静な判断を引き出せるのです。
ですがお化け屋敷の場合は、より状況が複雑になります。
私たちの小脳扁桃は作り物のお化けに対しても恐怖と快楽を発生させますが、私たちの巨大な大脳は「お化け屋敷」に危険がないことを後から思い出させてくれます。
すると、小脳扁桃から送られてくる瞬間的な恐怖と快感のうち、恐怖が先に消え去り、快感だけが余韻として残るのです。
お化け屋敷はヒトの脳機能の複雑な絡み合いで、楽しさを生みだしているようです。
お化け屋敷は我儘な脳を満足させなければならない
今回のお化け屋敷を用いた研究においては、110人の参加者の多くが中程度の恐怖を楽しんでいることが示されました。
しかし、小脳扁桃が大きな恐怖と大きな快楽を生みだし、大脳が恐怖だけをあとから摘出してくれるという仕組みがある以上、より大きな恐怖こそ最高の快楽をうみだすはずです。
しかし、実験では強すぎる恐怖は楽しさを減少させました。
この事実は大脳による安全認識にも、限度や個人差があることを示唆します。
あまりに怖いお化けをみると、ヒトによっては大脳による恐怖の摘出が間に合わず、恐怖が残りすぎて十分に楽しめないのです。
またさっぱり怖くない場合では、そもそも小脳扁桃から恐怖とセットでうみだされる快感の絶対値も低いために、恐怖が大脳によって摘出されても、楽しみは感じません。
怖くて面白いお化け屋敷を作るためには、人間のワガママな脳を満足させる必要があるようです。
参考文献
eurekalert
JOURNAL OF CONSUMER RESEARCH
提供元・ナゾロジー
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