乳酸は運動後にたまる物質として知られています。
以前は「乳酸は疲労物質である」と考えられていましたが、現在では「疲労の直接原因ではない」との見方が広まっており、むしろ疲労回復効果があるとさえ言われています。
さらに、スイス・ローザンヌ大学病院(CHUV)に所属するアンソニー・カラード氏ら研究チームは、乳酸に抗うつ作用があることをマウス実験で実証しました。
新しい研究ではそのメカニズムが解明され、乳酸にはうつ病患者に見られる「海馬の神経細胞が新しく生成されにくくなる現象」を改善する効果があると判明。
研究の詳細は、5月14日付けの学術誌『Molecular Psychiatry』に掲載されました。
抑うつ症状に運動が効果的な理由の1つは乳酸だった
現在、世界の2億6400万人がうつ病に苦しめられており、その治療には抗うつ剤や心理療法が用いられます。
しかし、うつ病患者の約30%は抗うつ剤に反応しません。
また運動による抗うつ作用が長年にわたって知られてきましたが、科学者たちはそのメカニズムの解明に苦労しています。
こうした背景にあって、研究チームは運動中に生成される「乳酸」に注目してきました。
彼らの研究では、マウスに運動時と同程度の乳酸を投与し、実際に抗うつ作用を確認できたとのこと。
うつ病になると、以前楽しんでいた活動に対する興味や喜びが失われます。
これは「快感消失」と呼ばれる症状ですが、乳酸がこの快感消失を緩和させると判明したのです。
そして新しい研究では、乳酸の抗うつ作用のメカニズム解明に焦点が当てられました。
乳酸は海馬の神経細胞をサポートしていた
記憶やうつ病に関与する脳の領域「海馬」では、「神経発生」と呼ばれる生理現象が起こっています。
これは新たな神経細胞を生み出す現象であり、脳の形成や発達には欠かせません。
通常は胚や胎児期に最も活性化し、成長と共に神経発生量は減少していきます。
ところが海馬などの一部の領域では、成体脳になっても神経発生が続いており、「神経細胞を交換」してくれます。
そしてうつ病患者は、「成体海馬の神経発生」機能が低下することで知られています。
つまり、うつ病患者の海馬では、神経細胞の入れ替わりが十分に行われていないのです。
一部の患者に見られる海馬の体積減少は、この機能低下が原因だと考えらえています。
そこでチームは新しい研究で、乳酸が神経発生を回復させ、マウスの抑うつ行動に影響を与えるか実験しました。
その結果、乳酸が成体マウス海馬の神経発生減少を改善すると判明。
新しい神経細胞の生存と増殖に対する阻害効果を逆転させることができたのです。
また、そもそも神経発生自体がなければ、乳酸による抗うつ作用が起こらないことも確認できました。
つまり今回の研究で、乳酸と神経発生が抗うつ作用と密接に関わっていると判明したのです。
またチームは乳酸の代謝について調べ、その際に生じる補酵素NADHが神経発生を保護することも発見しました。
とはいえ、この結果をうつ病治療に役立てるためにはさらなる研究が必要です。
今後研究チームは、NADHが作用するタンパク質の特定に力を注ぎます。
参考文献
Antidepressant Power of Lactate Revealed in New Research
元論文
Role of adult hippocampal neurogenesis in the antidepressant actions of lactate
提供元・ナゾロジー
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