「母は強し」の秘密は脳内にあり?
母親マウスは、子どもを守るためなら、身の危険をかえりみず大胆な行動を取ります。
理化学研究所・親和性社会行動研究チームは母親にリスク行動を取らせる脳の神経回路の解明に成功しました。
母親の体を張った行動は、ある分子の産生が大きくかかわっていたようです。
研究は、6月1日付けで『Cell Reports』に掲載されています。
子を守る母親の脳で「カルシトニン受容体」が活性化
哺乳類の子どもは未熟な状態で生まれてくるため、しばらくの間は親が面倒を見なければなりません。
とくに母親は授乳や採餌、天敵からの保護など、子育ての多くを担います。
母親における子育ての意欲はどのように生じるのでしょうか。
研究チームは以前から、マウスを用いた子育ての研究を続けています。
2012年には、マウスの脳内にある「内側視索前野中央部(Medial preoptic area, the central part:cMPOA)」が、子育てに重要な役割を果たすことを発見しました。
cMPOAの機能を低下させると、母親マウスの子育て意欲がなくなり、子の世話をしなくなることが報告されています。
その一方で、cMPOAには7種以上の神経細胞があり、どれが子育てに必須なのかは分かっていませんでした。
そこでチームは最初に、マウスの子育て意欲が母親になる前と後でどう違うのかを、「高架式十字迷路」を用いて実験しました。
この実験では、十字の3つの先端に子マウスを置き、それを母親マウスが集める行動(レトリーピング)を観察します。
その結果、母親になる前のマウスがリスクを危険視して、レトリーピングできなかったのに対し、母親マウスは身の危険をかえりみず、すべての子どもを安全な場所まで連れ戻したのです。
これを踏まえて、チームは、リスク行動を取る母親マウスのcMPOA内で活性化している神経細胞を探しました。
すると、20以上の候補の中から、「カルシトニン受容体(Calcr)」を発現する神経細胞(Calcr神経細胞)に最も強い活性化が見られたのです。
受容体は神経細胞の膜表面にあり、リガンド(その受容体が結びつく特定の分子)と結合することで、神経細胞の働きをコントロールします。
そこでマウスのcMPOAにおいて、カルシトニン受容体のリガンドが発現しているかを調査したところ、リガンドの一つである「アミリン」を発現する神経細胞が発見されました。
さらに、母親マウスでは、カルシトニン受容体の発現量が母親になる前の8倍に、アミリンの発現量は3倍に増加していました。
では、子育て行動におけるCalcr神経細胞の具体的な役割は何なのでしょうか。
カルシトニン受容体は「リスク行動」の意欲を維持させていた
神経細胞が活性化するからといって、そのすべてが子育てに必須とは限りません。
チームは、Calcr神経細胞の役割を特定するべく、cMPOA内のCalcr神経細胞が神経伝達できないように操作しました。
すると、母親になる前でも後でも、子育て行動が激減し、リスクのない環境でも面倒を見なくなったのです。
他方で、子育て以外の行動(交尾や出産)には影響しなかったことから、Calcr神経細胞は子育てに必要な機能を持つことがうかがえます。
しかし、カルシトニン受容体(Calcr)という特定の分子が、子育てにどう関係するかはまだ分かりません。
そこで、Calcrの機能を分子レベルで特定するため、チームはRNA干渉によって、Calcrの発現を半分にまで減らしてみました。
その結果、母親マウスは、安全な場所での子育てを継続したのに対し、十字迷路上でのリスク行動をしなくなったのです。
つまり、母親になると増加するCalcrには、子育てにおけるリスク行動の意欲を維持する機能があると考えられます。
研究チームは、今後の課題として、この分子メカニズムがヒトにも共通するかを調べる予定です。
cMPOAがある脳領域は、マウスとヒトとの差が小さく、解剖学的にも似ています。
しかし、ヒトcMPOAのCalcr神経細胞が、マウスと同じ働きをしているかどうかは分かりません。
それを解明するにはまず、ヒトに近い霊長類での調査が必要とのことです。
結果次第では、子育てにまつわる問題を脳の分子メカニズムから理解できるかもしれません。
参考文献
Neuroscientists Discover Why Moms Take Risks to Protect Their Infants
元論文
Calcitonin receptor signaling in the medial preoptic area enables risk-taking maternal care
提供元・ナゾロジー
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