悪意ある人間は臭いようです。
10月16日に『Science Advances』に掲載された論文によれば、悪意や不道徳な行いは、ヒトの脳に悪臭として認識されるとのこと。
例えば、日頃から不快な思いを与えてくる「アノ人」は、神経学的な意味でも「臭い」ということになります。
しかし、いったいどうして脳は悪意を悪臭として認識するのでしょうか?
人間の精神は5感と結びついている
悪臭がもたらす嫌悪感は、私たちの生存にとって必須なものです。食べ物や飲み物が悪臭を発している場合、その食べ物は高い確率で腐って内部に毒素を蓄えています。
そのため人間を含めた多くの動物は、悪臭に対する嫌悪感を生まれながらに備えており、腐った食べ物を避けることができます。
一方で、近年の研究により、様々な精神的な活動が、体が感じる五感と結びついていることがわかってきました。精神的な痛みや苦痛、恐怖は、脳に痛みに似た反応を発生させるのです。
ですが、精神的に負の印象をもたらすケースは実に多様であり、全てのネガティブな印象が、痛みに変換されるわけではありません。
特に悪意や不道徳な行いといった、直接的に身体や生命の危機に関連しないものの、嫌悪感を感じる場合は、判断が難しくなります。
ある研究では、嫌悪感もまた、痛みに関連していると述べる一方で、他の研究では嫌悪感は悪臭に関連していると結論しており、結論は出ていませんでした。
痛み派と悪臭派が大きく対立する理由は、2つの感覚が神経学的にも大きく異なるからです。
痛みは相手から「食べられる」危機を避けるためのシステムである一方で、悪臭がしているかの判断は、こちらが「食べる」ときに働く仕組みです。
そのため痛みと悪臭がもたらす不快感は、似ているようで最も遠い感覚であり、痛み派と悪臭派の対立もより激しくなっています。
中には「悪意や不道徳が起こす嫌悪感は、痛みも悪臭も同時に発生する」という折衷案的な説もありますが、確実な証明はなされていません。
しかし今回、スイスのジュネーヴ大学の研究者たちが行った実験により、長年の論争に決着がつく可能性がみえてきました。
悪意や不道徳は悪臭と結びついている
悪意や不道徳な行いがもたらす精神的な嫌悪感は、どの五感と結びついているのでしょうか? 痛みなのか、それとも悪臭なのでしょうか?
その謎を解くため研究者たちは、被験者となったボランティアたちに対して、不道徳かつ悪意を感じる状況を体験してもらい、脳の反応を測定することにしました。
具体的な手段として用いられたのは「トロッコ問題」に代表される不愉快なジレンマを、脳の活動を測定するMRIの内部で考えてもらう方法です。
トロッコ問題では、上の図のように暴走する電車の先に5人の人間がおり、間もなく全員が轢き殺されます。しかし路線の分岐点を操作することで、犠牲者を1人に減らすことが可能です。
5人の人間があなたの親兄弟であり、1人の人間が愛する妻や夫であった場合、葛藤はより激しく、感じる悪意や嫌悪感は、より激しいものになるかもしれません。
被験者にはトロッコ問題以外にも、様々な悪意や不道徳さを感じる課題に結論を出すように求められ、さらに不快感をあおるために、自らの判断が正しかったのかどうかを自己評価させられました。
このとき研究者は被験者の脳の反応をMRIで測定しながら、悪意や不道徳による生じる脳の活動パターンを記録します。
そして悪意や不道徳な経験が、続いて経験する痛みや悪臭に対してどのように影響するかを調べました。
結果、悪意や不道徳な経験は、臭いの感度に影響を与え嫌悪感を引き起こした一方で、痛みに対する影響はみられませんでした。
この事実は、悪意や不道徳が悪臭と強く結びついている事実を示します。
「鼻つまみ者」は本当だったかもしれない
今回の研究によって、悪意や不道徳が悪臭と結びついていることが明らかになりました。
腹が立つ汚職事件やドロドロした家庭内の争いを描いた記事を、食事中に読むことは、避けたほうがよさそうです。同様に、こちらに悪意を向けてくる人のことを考えるのも避けた方がいいかもしれません。
日本では古くから嫌われる人間を「鼻つまみ者」と表現してきました。
もしかしたら日本の慣用表現は、悪意と悪臭の関係を科学が証明する、ずっと前から見抜いていたのかもしれません。
参考文献
neurosciencenews
提供元・ナゾロジー
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