1945年7月16日、米国ニューメキシコ州アラモゴードで、人類初の核実験が実施されました。
このとき、当時の人達にはまだその存在を発見すらされていなかったある物質が生成されていたようです。
米国ロスアラモス国立研究所の研究チームは、トリニティ実験の跡地から、核爆発で形成されたと考えられる、これまで知られていなかった二十面体準結晶を発見したと報告しています。
準結晶という単語に馴染みのない人も多いかもしれませんが、これは高次元構造を持つ特殊な結晶です。
研究者は、この発見が不正な核実験や核拡散の抑制に役立つかもしれないと話しています。
研究の詳細は、科学雑誌『米国科学アカデミー紀要(PNAS)』に掲載されています。
人類初の核爆発 トリニティ実験
トリニティ実験とは、マンハッタン計画の仕上げとして実施された人類初の核実験で、1945年米国内にあるトリニティサイトと呼ばれる場所で実施されました。
このとき実験に使われたのは、日本の長崎に投下された通称「ファットマン」と同型の爆弾でした。
この実験の数週間後、完成した核爆弾は広島・長崎に投下されることになります。
爆発の規模については、研究者たちも正確に予測できておらず、何起こらない不発に終わると予測するものから、地球全体が焼き尽くされると予測するものまでいました。
もちろん、地球規模の被害は事前に否定されていましたが、実験に参加していた論理物理学者のエドワード・テラーは、爆発を見て「こんなもんか」と落胆したともいわれています。
テラーは落胆したようですが、この核爆発は実験場にあったさまざまなものを溶かし蒸発させ融合させました。
実験場の砂漠の砂は溶けて、トリニタイトと呼ばれる薄い緑色のガラス状の物質となって地面を覆いました。
しかし、ここで形成されたトリニタイトは1種類ではありませんでした。
核爆発で溶けたのは、砂漠の砂だけではなく、爆弾の乗せられていた鉄塔、張り巡らされていた銅線も同様でした。
それらがすべて溶け合って融合した赤いトリニタイトもあるのです。
今回の発見された未知の物質は、その赤いトリニタイトのサンプルに含まれていました。
このサンプルの中の、直径わずか10マイクロメートルの粒子の中に、二十面体準結晶という異常な構造が形成されていたのです。
準結晶という言葉に聞き覚えのない人も多いかもしれませんが、これは世界中の学者たちを驚かせた高次元構造の結晶なのです。
高次元構造の結晶 準結晶とは?
準結晶は1984年に発見された全く新しい形態の固体のことです。
通常の個体は、結晶かアモルファス(非結晶)でできています。
結晶というのは、規則的なパターンで周期的に原子が格子状に結合したものを指し、多くの固体はこの結晶です。
アモルファスは(非結晶)はそうした規則的なパターンや周期性のない結びつきをした固体のことで、ガラスはアモルファスの1種とされています。
ガラスは固体でもなく、液体でもない特殊な状態の物質だという話を聞いたことのある人も多いでしょうが、それはガラスがアモルファスであるためです。
しかし、準結晶はこの結晶ともアモルファスとも異なります。
では準結晶のなにがそんなに特殊なのかというと、その結晶構造には規則性はあるものの、周期性がないのです。
その意味するところはすぐには理解しづらいので、少し例をあげて説明していきましょう。
下の図は、準結晶の特殊な構造を示す例の1つ、ペンローズ・タイルパターンと呼ばれるものです。
この図は緑と青の2種類のひし形が組み合わされて作られていて、星型のような模様が所々に見えますが、周期性というものを見つけることはできません。
その原因は、この図形が5角形を基本として作られているためです。
あるパターンが周期的に繰り返されるためには、並んだパターンが空間を隙間なく埋める必要があります。
このためには、基本となる図形は、3角形、4角形、6角形をつなげていく必要があります。このとき平面は隙間なく埋めることができます。
しかし、5角形ではそれができません。必ずどこかに隙間ができてしまうのです。
下の図は上のペンローズ・タイルパターンの中心に5角形の補助線をいれたものです。これを見ると、このパターンは補助線の位置でズレてしまっているのがわかると思います。
ここで何が言いたいのかというと、5角形で作られた結晶構造というのは理論上ありえないということです。
ところが準結晶は調べると5回の回転対称性が見られるのです。
これはつまり理論上作り出せるはずがない、ペンローズ・タイルパターンの3次元バージョンで準結晶ができていることを意味しています。
あまりに奇妙なため、準結晶を初めて報告したダニエル・シュヒトマンの論文は、初投稿では論文誌への掲載が認められなかったといいます。
しかし、準結晶は現在は確かに存在するということが認められていて、シュヒトマン氏は2011年に「準結晶の発見」という功績によってノーベル化学賞を受賞しています。
では、理論上ありえない立体構造を、どうして準結晶は作り上げることができるのでしょうか?
準結晶は現在もいろいろと研究されていますが、広く知られている説としては、これが高次元構造だからという考え方で理解されています。
つまり3次元上の構造ではないのです。
そのため準結晶の存在は、世界に私たちが認識できていない余剰次元の構造がある証拠だと考える物理学者もいます。
世界には高次元の構造が存在するのか、準結晶を形成するための幾何学的な抜け道があるのかは不明ですが、なんにせよ準結晶は天然にはまず見られない、非常に特殊な物質です。
そして、今回の研究に戻ります。
今回報告されている赤いトリニタイトから発見された物質は、天然の結晶にはありえない5回の回転対称を持っていました。
つまりこれは人類が作り出した最初の準結晶だったのです。そして、その特殊な組成には、起源の瞬間を示すタイムスタンプが刻まれていたというのです。
歴史上初めて誕生した人工準結晶
準結晶は、地球上ではほとんど存在しない極端な環境で形成されます。
「その形成には、極端な衝撃、温度、圧力をともなうトラウマ的な出来事が必要です」
ロスアラモス国立研究所の名誉所長で、今回の発見に関する論文の共著者であるテリー・C・ウォレス氏はそのように説明しています。
このような現象は、核爆発を除けば通常は見られません。
天然で発見された初の準結晶は、ハトゥイルカ隕石(Khatyrka meteorite)から見つかっていて、その起源はおそらく太陽系形成の時期までさかのぼることになると考えられています。
赤いトリニタイトから発見された準結晶の複雑さは見事なものですが、なぜこのような形になったかは、まだ誰にもわかりません。
しかし、いつの日か、科学者はこれを解明し、熱力学的に説明できるようになるでしょう。
「他国の核兵器を理解するには、その国の核実験プログラムを明確に理解する必要があります。
私たちは通常、兵器がどのように作られたか、どのような物質が含まれるのか理解するために、放射性物質を含む瓦礫やガスを分析します。
ただ、その信号は減衰していきます。
核爆発現場で形成された準結晶は新しいタイプの情報を教えてくれる可能性があり、しかもこれは永遠に存在しつづけます」
ウォレス氏はそのように語り、今回の発見から、核爆発に関する理解がより深まり、その場所で何が起きたのかを知る手がかりになる可能性を指摘しています。
それは不正な核実験の証拠や、核拡散の抑止のために利用できる可能性があるといいます。
準結晶は、核爆発のような凄まじい衝撃と圧力と温度のもとに生まれてくることがあると示されたことは、今後の準結晶の研究にも役立つ可能性があります。
まだまだ、世の中には不思議なものが満ちあふれているようです。
【編集注 2021.05.31 16:00】
記事タイトルを修正して再送しております。
参考文献
Discovery of new material could someday aid in nuclear nonproliferation(Los Alamos National Lab)
『準結晶』の発見 2011年ノーベル化学賞解説(KEK)
元論文
Accidental synthesis of a previously unknown quasicrystal in the first atomic bomb test
提供元・ナゾロジー
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