他人のたてる咀嚼音が気になって、制御できない怒りや嫌悪感に襲われたことはありますか?

もし、心当たりがあるなら、それは相手のマナー違反ではなく、ミソフォニア(音恐怖症または音嫌悪症)という障害が原因の可能性があります。

初めて聞いたという人も多いかもしれませんが、それはこの症状の研究がまだあまり進んでいないためです。

英国ニューカッスル大学の研究チームは、未だ不明な点の多いミソフォニアが咀嚼音などに対して、脳内の視覚領域と運動領域で異常な接続を起こしていることを発見したと報告しています。

聴覚が原因と考えられていたミソフォニアの脳内に、こうした異常接続が確認されたのは初めてで、これは症状の理解や、治療に役立つ可能性があります。

研究の詳細は、5月21日付で科学雑誌『Journal of Neuroscience』に掲載されています。

目次

  1. 他人のたてる音が許せない!
  2. 聴覚だけが原因ではなかった ミソフォ二アの不思議な症状

他人のたてる音が許せない!

他人の咀嚼音が不快な理由は音嫌悪症の可能性が高い
(画像=他人が食事する咀嚼音が気になってしょうがないのは、相手のマナーに問題があるのか? / Credit:depositphotos、『ナゾロジー』より引用)

ネットでは汚らしい咀嚼音を立てて食事する人のことを「クチャラー」と呼び、非難する声をよく見かけます。

クチャラーは基本的に、育ちが悪くきちんと躾けられていないため、マナーがなっていないのだ、といわれています。

こうした議論をしている掲示板では、「クチャラーは死刑にしろ!」などと、過激な書き込みをする人もいて、極端に憎悪されている様子が見受けられるんです。

しかし、漫画やドラマなどでは不快感を煽る目的で、クチャラーが描かれることはありますが、日常でそこまで嫌悪するようなクチャラーに遭遇することがあるでしょうか?

実は多くの人たちは、こうしたクチャラーの存在に、あまりピンときていない可能性があります。

それは多くの人たちが、運良くひどいクチャラーに出遭っていないだけという意味ではありません。

他人をクチャラーと認識してしまう人の方に、原因が潜んでいる可能性があるのです。

その原因と考えられているのが、ミソフォ二ア(音嫌悪症または音恐怖症)と呼ばれる症状です。

他人の咀嚼音が不快な理由は音嫌悪症の可能性が高い
(画像=他人のたてる音が不快で許せなくなる特殊な症状「ミソフォミア」 / Credit:canva、『ナゾロジー』より引用)

この症状の人は、他人の発する特定の音(「トリガー音」と呼ばれる)に対して、激しい不快感や嫌悪感を示します。

トリガーとなる音は、人の咀嚼、呼吸、嚥下などで、基本的に口や喉、顔の動きに関連して発せられる音が対象です。

その反応はしばしば極端で、制御できない怒りや嫌悪、闘争・逃走反応を引き起こします。

闘争・逃走反応とは、差し迫った脅威に対して動物が起こす急性ストレス反応の1種です。

この場合は、音を出している人を殴りつけたいとか、その場から立ち去りたいという強い衝動を意味します。

ミソフォ二アの人がどれくらい存在するのか、正確な数は不明です。

しかし、いくつかの調査研究では、一般的な人々の6%から20%に見られると報告されていて、それほど珍しい症状というわけではなさそうです。

ただ、重症になると、家庭や職場・公共の場など社会にうまく適応できなくなるケースがあるといわれています。

そのため、ミソフォ二アを精神障害に分類するべきだという意見もあります。

しかし、ミソフォ二アについては、研究数は増加傾向にあるものの、まだその症状のメカニズムは明確でなく、治療法も完全に確立されていないため、病気としての定義は曖昧です。

そして今回の研究は、そんなミソフォ二アの脳内で起きる特殊な反応について明らかにしたのです。

聴覚だけが原因ではなかった ミソフォ二アの不思議な症状

これまで、ミソフォ二アは音の処理能力に対する障害だと考えられてきました。

特に2017年に発表されたミソフォ二アの神経学的調査では、トリガー音が感情の処理に関与する脳領域に作用しているという報告がされています。

ただ、この研究には欠点が多いという主張もあり、結局ミソフォ二アの引き起こされるメカニズムは明確になっていませんでした。

今回の英国ニューカッスル大学の研究チームは、ミソフォ二アの症状が主に食事中の咀嚼を引き金に、一貫して報告されることが多いという点に着目して調査を行いました。

チームは、ミソフォ二アとそうでない人を含む75人を集め、fMRIで音に対する彼らの脳内の反応をスキャンしました。

調べられた音は、無音、ミソフォ二アのトリガー(咀嚼音)、誰にとっても不快な音(悲鳴など)、中立音(雨の音など)です。

結果、ミソフォ二アの人は、トリガーとなる音に対してだけ、聴覚野と口や喉、顔に関連する運動野の間に異常な接続を起こしていることがわかりました。

これは「過敏な接続」と表現することもできます。

この特定の運動野との接続は、ミソフォ二アの人たちが、咀嚼や嚥下などの音のみに強く反応し、他の音にはあまり反応しないことに関連していると考えられます。

さらに研究者を驚かせたのは、聴覚とは関係ない、視覚領域と運動領域の間にも同じようなパターンの異常接続が確認されたことです。

研究筆頭著者であるクヴィンダル・クマール(Sukhbinder Kumar)氏は、この結果を見て、「ミラーニューロンシステム」が活性化しているのではないか、という仮説を考えています。

ミラーニューロンとは、他者の行動を見て、その動作と同じ脳内の神経細胞が活性化する、いわゆる脳内の鏡のような反応のことをいいます。

他人の咀嚼音が不快な理由は音嫌悪症の可能性が高い
(画像=ミラーニューロンは現在マカクザルのみ明確に確認されている。マカクザルの新生児は他人の表情を見て同じ神経細胞が活性化して表情を真似る。 / Credit:Wikipedia、『ナゾロジー』より引用)

「ミソフォ二アの人は、他人の咀嚼する様子を見て、脳内のミラーニューロンシステムが不本意に過剰活性してしまい、まるで他人の発した音が自分の中に侵入してくるような感覚に陥っている可能性があります」

クマール氏はそのように、ミソフォ二アの感じる強い不快感や嫌悪感の原因を説明しています。

もちろんこれはまだ仮説の域をでていません。

今回クマール氏が提案したミラーニューロンシステムは、一部のサルにのみ確認されている反応で、人間の脳内でも同じような活動が存在するかどうかについては、まだ議論の段階にあります。

ただ、このミラーニューロンミソフォ二ア仮説にはかなり説得力があるのも事実です。

クマール氏は、ミラーニューロンがミソフォ二アの原因だとすると、不快な音の原因となるような他人の動作を真似することで、症状を緩和できる可能性があると話します。

音の生成アクションを模倣することで、体が音をコントロール可能な自分のものだと認識し、感覚を回復させることができるというのです。

クチャラーの真似なんてできるかよ! と思う人もいるかもしれませんが、もしかすると、くちゃくちゃという咀嚼音をたてる真似をすることで、他人の咀嚼音がそれほど不快ではなくなるかもしれません。

ミソフォ二アの治療法については、これまで脳内の音の中枢に焦点が当てられてきました。

しかし、今回の研究結果は、ミソフォ二アについて、音以外に焦点を当てた新しい効果的な治療法を開発するために役立つ可能性があります。


参考文献

Supersensitive connection causes hatred of noises(Newcastle University)

Hate chewing sounds? Brain mirroring might explain why(NEW ATLAS)

元論文

The motor basis for misophonia


提供元・ナゾロジー

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