部屋で手持ち無沙汰でついつい間食を繰り返してしまう人には朗報になるかもしれません。
スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)の研究チームは、腸で生成される胆汁酸が血液を介して脳に入ると、食欲を抑制するという新たな役割を発見したと報告しています。
これは満腹中枢を制御する新たなメカニズムの発見であるとともに、肥満治療にも役立つ可能性があります。
研究の詳細は、5月24日付で科学雑誌『Nature Metabolism』に掲載されています。
満腹感を制御する脳のメカニズム
脳は通常、血管壁を覆う細胞に血液脳関門という物理的な防壁によって、脳内への無秩序な化学物質の流入を防いでいます。
しかし、脳の基底部にある視床下部は例外で、ここの血管からは化学物質が漏れやすくなっており、さまざまな血液内を循環する生理活性物質にさらされています。
解剖学的には、ここは摂食行動を調整する機能にも関連しています。
視床下部の摂食神経回路に影響を与えるホルモンや栄養素はいくつか知られていて、レプリンやインスリンはその典型的な例です。
これはどちらも利用可能なエネルギーの存在を脳に知らせる役割を持っています。
そしてここ数年、食欲や満腹感を引き起こすいくつかの腸内ホルモンも特定されてきています。
これらの働きによって、私たちの食事の開始や終了という認識は制御されているのです。
胆汁酸は、腸内でもっとも豊富に存在する代謝物の1つで、胆汁酸応答性膜受容体の「TGR5(Takeda G-coupled Receptor 5)」を活性化させることで、さまざまな栄養素を利用する生理的反応を引き起こします。
その中には、骨格筋のTGR5が活性化されると筋量が増加するという研究報告もあります。
今回の研究では、胆汁酸が食後まもないマウスの脳に到達し、食物摂取を抑制していることが明らかにされました。
胆汁酸は消化管を脱出すると、一時的に血液中に蓄積されて体内を循環します。
そして、食後のごく短時間に視床下部に蓄積するのです。
研究者によると、具体的には、AgRP/NPYニューロンと呼ばれる視床下部の神経細胞の表面にも胆汁酸の受容体であるTGR5が存在していて、これを介して胆汁酸が神経細胞に影響しているのだといいます。
「胆汁酸は、食欲を刺激するAgRPとNPYペプチドが受容体に結合するのを一時的に阻害し、さらにこれらの神経伝達物質の発現を鈍らることで、食欲の抑制を強化しているのです」
論文の筆頭著者であるEPFLのアレッシア・ペリーノ(Alessia Perino)氏はそのように説明します。
胆汁酸の働きは、ここ20年間でさまざま発見されていて、慢性的な代謝性疾患や炎症性疾患の緩和に有効ということも証明されています。
これに加えて、今回の研究では、TGR5を作用させると食餌誘発性肥満マウス(過食による肥満を起こしているマウス)の肥満が抑制できると明らかになりました。
これはうまく食欲が制御できず、食べ過ぎで肥満に陥ってしまう人々を治療するために役立つ可能性があることを示唆しています。
体内のシステムに重要な役割を担う胆汁酸。新たに見つかったその役割で、ついつい食べすぎてしまうという悩ましい問題も、解決される日が来るかもしれません。
文・ライター7:KAIN 編集者:やまがしゅんいち/提供元・ナゾロジー
参考文献
Bile acids trigger satiety in the brain(EPFL)
元論文
Central anorexigenic actions of bile acids are mediated by TGR5
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