若い女王には受難が待っていたようです。

5月3日に『Communications Biology』に掲載された論文によれば、「Cardiocondyla elegans(カルジオコンジルア・エレガンス)」と呼ばれるアリは、巣の中で婚期を迎えた若い女王を、働きアリが背負って別の巣穴に放り込む習性があるとのこと。

放り込まれた女王はその巣のオスと乱交に及んだ後に、さらに当地の働きアリによってまた別の巣穴に放り込まれ、そこでも再び乱交を繰り返すようです。

運ばれている女王は翅がはえており手足もしっかりしていながら、自分からは動こうとはせず、移動は一貫して働きアリに頼っていました。

しかし、いったいどうしてこんな異様な交配システムが構築されることになったのでしょうか?

目次

  1. 女王アリを他人の巣間に「放り込み」現地のオスと交尾させ奇妙な習性を確認!
  2. 本当にすごいのは女王ではなく「輸送アリ」のほうだった
  3. 諸国漫遊を終えた女王アリのその後

女王アリを他人の巣間に「放り込み」現地のオスと交尾させ奇妙な習性を確認!

女王アリを巣穴に「放り込み」見知らぬオスと交尾させる奇妙な習性を確認!
(画像=女王は翅もあり飛べるはずなのに輸送は働きアリにまかせている / Credit:Canva,ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より 引用)

地中海地域が原産のアリ(Cardiocondyla elegans)には奇妙な性質が知られていました。

翅のはえた若い女王を、1匹~数匹の働きアリが背負うように輸送するというものです。

しかしこの奇妙な習性がどんな意味を持つかは、長い間、謎に包まれていました。

女王アリを巣穴に「放り込み」見知らぬオスと交尾させる奇妙な習性を確認!
(画像=働きアリが女王アリを輸送している様子 / Credit:Mathilde Vidal et al (2021) . Communications Biology、『ナゾロジー』より 引用)

そこで今回、ドイツのレーゲンスブルク大学の研究者たちは、複数のアリのコロニー(175カ所)をマッピングし、何が起きているかを詳細に確かめることにしました。

結果、合計で453回の輸送イベントを確認し、そのうち141回では輸送の開始と終了の地点を割り出すことに成功しました。

女王アリを巣穴に「放り込み」見知らぬオスと交尾させる奇妙な習性を確認!
(画像=放り込まれた先の巣穴で女王はオスと交尾する / Credit:Canva,ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より 引用)

また巣穴に放り込まれた後の女王たちの行方を、巣を掘り返して調べたところ、表層付近のオス(若い王)たちが待機している「交尾室」と呼ばれる場所に移動しており、そこで複数のオスと交尾をしていることが確認されました。

しかしより興味深い事実は、この輸送イベントが1回で終わらなかったことにあります。

研究者たちが女王が産んだ子アリの遺伝子を調べたところ、子アリの父親が複数の家系(別の巣穴のオス)に由来していることがわかったからです。

この結果は、運び込まれた女王はオスと交尾した後に、現地の働きアリによって再び別の巣穴に放り込まれ、そこでも交尾を繰り返していたことを示します。

女王アリを巣穴に「放り込み」見知らぬオスと交尾させる奇妙な習性を確認!
(画像=輸送は1度ではなく複数回、巣穴をたらい回しにするように行われる / Credit:Canva,ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より 引用)

通常のアリが婚期になると雄雌ともに翅をはやして結婚飛行に飛び立つ一方で、この奇妙なアリたちは、婚期になった翅のはえた若い女王をたらい回しのように巣から巣へとわざわざ「輸送」し、現地のオス(若い王なのに翅がない)と交尾を行わせていたのです。

このような他者(働きアリ)の支援を伴う交配システムが確認されたのは、今回の例がはじめてです。

研究者たちはこの不思議なシステムを、アリたちが近親交配を確実に避ける手段として使用していると考えています。

しかしより興味深い点は、輸送されている女王アリよりも、輸送している働きアリにありました。

女王の輸送を行うアリは誰でも替えがきくような存在ではなく、特別な働きアリだったのです。

本当にすごいのは女王ではなく「輸送アリ」のほうだった

女王アリを巣穴に「放り込み」見知らぬオスと交尾させる奇妙な習性を確認!
(画像=輸送を行うアリは遺伝的に最も遠い巣穴を目指して女王を運ぶ / Credit:Canva,ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より 引用)

女王アリの巣間たらい回しの事実を確認した研究者たちは、次に女王を運ぶ働きアリ(輸送アリ)に興味をうつしました。

研究者たちはまず、輸送アリと普通の働きアリに違いがあるかどうかを確かめるため、輸送に従事している輸送アリを巣から除去しました。

すると興味深いことに、女王の輸送がパッタリと行われなくなったのです。

この結果は、輸送アリが巣の中で特別な存在であり、損失を簡単に埋められない存在であることを示します。

また輸送ルートを分析した結果、女王の輸送がほぼ直線距離で行われていたことが判明します。

さらに輸送は直近の巣穴というわけではなく、遺伝的に最も遠い家系を狙って行われていたことも判明します。

この結果は、輸送アリが何らかの方法で、女王の運び先を明確に決定・認識していたことを示します。

各巣穴の輸送アリたちは互いに協同するように女王のたらい回しを行うことで、種全体の遺伝的多様性を増していたのです。

このような一見すると知性的にみえる行動は、群知能と呼ばれています。

個々のアリたちは人間のように意思決定を行っているわけではありませんが、遺伝子に従って役割を果たすことで、結果として群れ全体の行動を、あたかも高度な知性に指導されたかのように最適化し、厳しい環境のなかでも生存能力を高めることができるのです。

現在世界各地で開発が進んでいる、群れで行動するドローンの多くが、こうしたアリの群知能を参考に作られています。

諸国漫遊を終えた女王アリのその後

女王アリを巣穴に「放り込み」見知らぬオスと交尾させる奇妙な習性を確認!
(画像=春になると女王は越冬していた他人の巣穴から抜け出して新たな巣の創始者になる / Credit:Canva,ナゾロジー編集部、『ナゾロジー』より 引用)

今回の研究により、「Cardiocondyla elegans」種では、若い女王が輸送アリの支援を受けて、巣穴から巣穴に運ばれ、連続的に交配を行っていることが示されました。

女王の輸送は冬になると中断し、女王は輸送された先の巣穴で越冬します。

そして春が来ると巣穴から抜け出し、新しいコロニーを作りはじめます。

女王がオスから受け取った精子は体内にある特別なふくろに保存されており、一生をかけてゆっくりと使われていきます。

いくつかの種では、卵子を受精させるために必要な精子は2つだけであり、女王が放出するのも1つの受精卵につき2つだけであることが知られています。

人間が受精のために4000万から1億5000万もの精子を必要とするのに比べると、極めて効率的だと言えるでしょう。

参考文献
At Mating Time, These Ants Carry Their Young Queen to a Neighbor’s Nest
nytimes.com/2021/05/13/science/ants-queens-inbreeding.html?referringSource=articleShare

元論文
Worker ants promote outbreeding by transporting young queens to alien nests
nature.com/articles/s42003-021-02016-1

提供元・ナゾロジー

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