ドラマなどでは社員にリストラを言い渡す際に、解雇される人だけでなく、伝える方も心を痛めている描写があります。
では、その決断を下す人は、なぜ心を痛めながらも冷徹に他人の排斥を実行できるのでしょうか?
人の心はないのでしょうか?
名古屋大学、高知工科大学の研究チームは、そんな他人を排斥するときの人間の心と行動を調べたところ、集団にもたらす利益量の多寡によって心の痛みが抑制されている可能性があることを報告しています。
人は「みんなのため」だと思えば、他者を追放することにあまり心が痛まないようです。
この研究の詳細は、5月2日付で科学雑誌『European Journal of Social Psychology』に掲載されています。
人はなぜ他者の排斥を行うのか?
社会心理学では、集団からの特定の人物を追放することを「排斥(ostracism)」と呼び、排斥された人が強い心の痛みを感じることを明らかにしてきました。
近年の研究では、「人間はお互いを受け入れ合うべき」と考える人が多いため、排斥を実行した人もまた心を痛めているとされています。
追放される人だけでなく、追放を決断する人も心が痛いとなれば、できる限り他人を排斥することのないよう道を模索するはずです。
しかし実際の社会を見てみると、集団からの排斥という行為は当たり前に実行されています。
新型コロナウイルス感染症の流行にともなって、現在世界ではあちこちでそんな大規模な人員削減が行われています。
そこで、今回の研究チームは、他者の排斥が心理的な負担になるにも関わらず、なぜ人が排斥を行ってしまうのかということを研究したのです。
研究では、次のような実験が実施されました。
まず実験参加者は、Aさん、Bさん、Sさん、Lさん(A~Lさんは実験のために用意された架空の人物)という5名の集団に参加してもらいます。
この集団では、お互いに協力し合いながら利益をあげているという状況を想定しています。
このとき、資源が少なくなってきたため、集団を存続させるために1名を排斥しなければならなくなったという事実が参加者に告げられます。
ただ、この事実を伝えられても、誰を排斥するか判断は難しいでしょう。
ここで、実験では参加者に対してあるグラフが提示されます。
グラフには、SさんとLさんの2名が他のメンバーにもたらす利益量が描かれています。
このグラフには、ある特徴が付与されています。
見ての通り、Sさんは集団に多くの利益をもたらしますが、参加者にはわずかな利益しかもたらしません。
一方、Lさんは参加者に多くの利益をもたらしていますが、集団にはわずかな利益しかもたらしません。
実験参加者は、このグラフを参考にして、SさんとLさんのどちらを排斥するか選択します。
また、その後、排斥を決めた時の心の痛みを、1点「まったく痛まなかった」~6点「最悪の痛み」の6段階評定で回答してもらいます。
実験は、ここまでの流れを1回として、グラフの内容を変更しながら合計40回繰り返しました。
こうして調査を進めたところ、すべての参加者が一貫してある傾向を示したのです。