東京医科歯科大を中心とした研究グループにより、お尻から酸素を取り込む「腸呼吸」の可能性が示されました。

今回の研究では、マウス、ラット、ブタにおいて腸呼吸の効果が実証され、呼吸不全の改善に成功しています。

そのことから、同じ哺乳類であるヒトへの適用も期待できるとのことです。

研究は、5月14日付けで『Journal Med』に掲載されています。

目次

  1. 腸呼吸で生存時間が延びた!呼吸不全も改善
  2. ヒトに適応する際の問題点は?

腸呼吸で生存時間が延びた!呼吸不全も改善

腸呼吸の研究は、従来の人工呼吸法を改善する目的でスタートしました。

人工呼吸は、専用の機械を患者の気管に通して肺に空気を送り込むもの。

中でも、ECMO(エクモ、体外式膜型人工肺)は、患者から取り出した血液を人工肺で酸素化し、二酸化炭素を除去して、再び患者に戻すため、体への負担がかなり大きいです。

この負担やリスクを減らすため、研究チームは、ドジョウの腸呼吸に注目しました。

ドジョウは酸素が少ない環境に置かれると、エラだけでなく腸でも呼吸を始めます。彼らは酸素不足に反応し、肛門付近の腸組織を変化させることで、効率的に酸素を取り込めるのです。

また、ドジョウの腸の粘膜がとても薄いため、酸素が腸組織を透過して血管に入り込みやすくなっています。

お尻から酸素、腸呼吸をブタで確認! コロナの呼吸不全への応用も可能か
(画像=腸呼吸の実験方法 / Credit: Takanori Takebe et al., Med(2021)、『ナゾロジー』より 引用)

チームは、哺乳類の腸でも酸素を吸収できるかどうか確かめるべく、マウス、ラット、ブタを用いた実験を行いました。

方法は、低酸素状態に置いたモデル動物を、高濃度の酸素が溶け込んだ液体につけ、お尻から腸にその液体を送り込むというもの。

その結果、すべてのモデル動物で血中の酸素量の大幅な増加が確認され、生存時間も低酸素状態で放置したグループと比べ、数十分単位で伸びていました。

さらに、ドジョウの腸条件に近づけるため、モデルマウスの腸の粘膜をはがして実験してみると、何もしなければ5〜10分で死んでしまうのに、75%が1時間以上生き延び、呼吸不全が改善されたのです。

これはブタでも同じ効果が確認され、腸を含む臓器への副作用も見られませんでした。

この結果を受け、研究主任の武部貴則氏は「現在、新型コロナウイルス感染症で、人工呼吸器が足りずに命を落とすケースが報告されています。

今回の腸呼吸は、人工呼吸の選択肢を増やすとともに、肺に負担をかけない新たな治療法として確立できるでしょう」と述べています。

ヒトに適応する際の問題点は?

一方、ヒトに腸呼吸を適用する場合、乗り越えるべき課題がいくつかあります。

最も大きな難点は、腸の粘膜をはがすことです。

特に重篤な患者においては、腸へのさらなるダメージが命取りになりかねません。

そこでチームは腸組織を薄くすることなく、酸素を吸収させる方法として、「ペルフルオロカーボン」の使用を検討しています。

これは毒性がなく、大量の酸素を溶かせるフッ素化合物の液体で、すでに重度の呼吸困難に陥った乳児の肺などで実用されています。

チームは、ペルフルオロカーボンを用いた浣腸式の治療法を開発するため、1~2年以内に臨床試験を計画しています。

お尻から酸素、腸呼吸をブタで確認! コロナの呼吸不全への応用も可能か
(画像=酸素過多で腸内細菌叢が壊れる可能性も / Credit: jp.depositphotos、『ナゾロジー』より 引用)

その他の問題点は、腸環境がほかの臓器に比べて酸素が少ないことです。

腸内で共生する細菌やウイルスは低酸素状態に適応しており、酸素量が突然増えることで微生物が混乱し、体調を崩す恐れがあります。

また、腸と脳をつなぐ迷走神経を刺激する可能性もあり、そのせいで血圧の低下や失神といった副作用も懸念されます。

こうした様々な問題をクリアしないかぎり、腸呼吸の実用化は難しいでしょう。

参考文献
Mammals can breathe through anus in emergencies
Pigs can breathe through their butts. Can humans?

元論文
Mammalian enteral ventilation ameliorates respiratory failure

提供元・ナゾロジー

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