心とお腹の関係が解き明かされました。
5月10日に『Scientific Reports』に掲載された論文によれば、強制的にうつ状態にさせたマウスの腸内では特殊な抗菌物質(αディフェンシン)の分泌が少なくなっていたとのこと。
抗菌物質の一種であるαディフェンシンが減少したマウスの腸では腸内環境が悪化し、毒素が蓄積して「お腹のトラブル」につながっていたのです。
脳と腸内環境については様々な研究がなされていますが、明確な原因物質が判明した例は珍しく、非常に画期的な成果です。
慢性社会的敗北ストレス状態にしたマウスの腸内環境が乱れる仕組みを解明!
近年の急速な微生物学と神経科学の進歩により、脳と腸が非常に密接に関係していることが明らかになってきました。
精神的な異常は腸内環境を乱し、腸内環境の乱れは精神的な不調を引き起こします。
しかし数多くの研究にもかかわらず、精神状態が腸内環境に影響を与える仕組みは不明でした。
そこで今回、研究者たちは強制的にうつ状態にした「慢性社会的敗北ストレスマウス」の腸内分泌物を調べ、健康なマウスとの違いを比較しました。
慢性社会的敗北ストレスはマウスの縄張り意識を利用して作られる状態です。
強いマウスの縄張りに弱いマウスを入れ、1日5分の直接的攻撃、穴の開いたアクリル板ごしの24時間の精神的攻撃の組み合わせを10日間に渡って繰り返すことで作られます。
今回の研究では攻撃されるマウスの負傷可能性を減らすために、直接的攻撃を初日の5分を上限とし、徐々に時間を減らして繰り返しました。
慢性の社会的な敗北状態に陥ったマウスは人間の「うつ」に似た状態に陥り、引きこもりや快感喪失(楽しいと思えなくなる)などを引き起こすほか、好物である砂糖水への興味を消失するなど、大きな肉体的・精神的変質を引き起こします。
マウスが社会的敗北ストレス状態に陥ったことを確認すると、次に研究者たちはマウスの腸内分泌物を調べました。
結果、αディフェンシンと呼ばれる、一種の抗菌ペプチドの分泌量が大きく減少していることが判明します。
αディフェンシンが減ると何が起こるか?
αディフェンシンは腸内環境の維持にとって重要な物質であることが知られており、腸内細菌嚢とその代謝産物を調整することで、恒常性の維持に貢献しています。
また近年の研究によってαディフェンシンの持つ抗菌作用は、腸内に元から住んでいる共生菌を殺さないという、選択的殺菌能力があることが明らかになっています。
今回の研究ではαディフェンシンの分泌が減ったマウスの腸内で何が起きたかも調べられました。
結果、αディフェンシンの分泌が減少したマウスの腸内では、腸内細菌嚢の構成が大きく乱れ、毒素が蓄積していることが明らかになりました。
そこで研究者たちは次に、αディフェンシンをうつ状態になったマウスに経口投与してみました。
すると、興味深いことに腸内細菌嚢の乱れが回復し、毒素も減少していきました。
この結果は、心理的なストレスがαディフェンシンの分泌減少という形で腸内環境に影響を与えていたことを示します。
脳と腸をつなぐ橋渡し物質の解明
今回の研究により、心理的なストレスが腸内環境の異常を引き起こす直接的な仕組みが明らかになりました。
心理的なストレスはαディフェンシンの分泌量減少につながり、腸内細菌嚢の乱れや毒素の蓄積、腸内代謝物の恒常性の乱れを引き起こしていました。
これまで過敏性腸症候群をはじめとして様々なストレスと腸内環境の研究がなされてきましたが、αディフェンシンの減少は、それら多くの関係の基礎となっている可能性もあります。
研究者たちは今後、αディフェンシンを介した脳と腸の関係の解明を進め、より詳しいメカニズムを調べていくとのことです。
【編集注 2021.05.17 13:10】
記事内容に一部誤りがあったため、修正して再送しております。
参考文献
心理的ストレスが腸内細菌を攪乱する機序をはじめて解明~うつ病の脳腸相関を介した予防・治療法開発に期待~
元論文
Decrease of α-defensin impairs intestinal metabolite homeostasis via dysbiosis in mouse chronic social defeat stress model
提供元・ナゾロジー
【関連記事】
・ウミウシに「セルフ斬首と胴体再生」の新行動を発見 生首から心臓まで再生できる(日本)
・人間に必要な「1日の水分量」は、他の霊長類の半分だと判明! 森からの脱出に成功した要因か
・深海の微生物は「自然に起こる水分解」からエネルギーを得ていた?! エイリアン発見につながる研究結果
・「生体工学網膜」が失明治療に革命を起こす?
・人工培養脳を「乳児の脳」まで生育することに成功