目次

  1. 感染型眠り病「嗜眠性脳炎」とは
  2. どのように始まったのか?
  3. 「眠り病パンデミック」と「脳炎後症候群」
  4. 視床下部の炎症が原因か?
原因不明。1900年代前半にパンデミックを起こした「感染性の眠り病」とは
(画像=Credit:depositphotos、『ナゾロジー』より 引用)

point

  • 過去に「感染型眠り病」が大流行したが、未だに原因は不明
  • 「感染型眠り病」にかかると、動けなくなりひたすら眠り続ける
  • 症状が改善した人でも、数年越しに再発する可能性がある

感染した人が次々と深い眠りに陥ってしまう感染型の眠り病があるのを知っていますか?

これは「嗜眠性脳炎」と呼ばれ、1900年代前半にパンデミックを引き起こした病気です。

信じがたいことですが、この病気は当時人の脳を攻撃し、生きながらにしゃべることも動くこともできない彫像のような状態にしてしまったといいます。

周囲の人が次々と昏睡状態に陥ったり無気力になったりしたのですから、当時の人々の恐怖は相当なものだったでしょう。

現在でも完全に解明されていないこの病気の詳細は「BRAIN A JOURNAL OF NEUROLOGY」に掲載されています。

感染型眠り病「嗜眠性脳炎」とは

原因不明。1900年代前半にパンデミックを起こした「感染性の眠り病」とは
(画像=Credit:depositphotos、『ナゾロジー』より 引用)

嗜眠性脳炎の特徴は、高熱、のどの痛み、頭痛などのインフルエンザのような症状に始まり、過度の眠気、眼球運動障害、運動障害などを伴うようになります。

重篤な症例では、患者は非常に強い睡眠欲を経験したり、無言無動になったり、また逆に不眠に陥ったりすることもありました。

身体的および精神的反応の遅延が始まり、寝たきりになり、最終的に死に至ることもあります。

また嗜眠性脳炎の恐ろしい点は、精神異常との関連性にあります。患者の30%は精神病を患っていたほどです。

この精神的変化は大人よりも子供の方が顕著で、8歳の少女が自傷行為にはしり、全ての歯と両目を自分で摘出するというショッキングな症例もありました。

どのように始まったのか?

この新しい病気の始まりは、1916年のヨーロッパでした。

当初は様々な症状が表れていたので、1つの感染病として認識することが難しかったようです。

不可解な病気が広まっていく中、神経病理学者であるコンスタンティン・フォン・エコノモ氏は、様々な症例で入院していた患者たちの多くが「著しい無気力」を示していることに気付いたといいます。

調査の結果、多くの症状が1つの病気から来ていることを発見し、「嗜眠性脳炎」として論文に記したのです。

「眠り病パンデミック」と「脳炎後症候群」

原因不明。1900年代前半にパンデミックを起こした「感染性の眠り病」とは
(画像=Credit:depositphotos、『ナゾロジー』より 引用)

「嗜眠性脳炎」という病名がついたものの、原因と治療法は不明のままでした。

病気はその後北米、インド、オーストラリアと数年で世界中に広がっていき、10年間でパンデミックが激化。この間に500万人近くの命が奪われました。

その後原因もわからぬまま、1926年頃からパンデミックは急速に収束していき、感染者も通常の生活に戻っていきました。病気は「完治」したのです。

そのときは、誰もが「そのように」感じていました。

しかし生存患者の中には、数年越し、数十年越しに神経障害や精神障害を発症していった人がいたのです。

この「脳炎後症候群」の症状は様々で、時として急激に進行し重度の障害や死に至ることもあったようです。

ただし不幸中の幸いは、再発症者からは新しく感染しないことでした。このパンデミック以降、この感染症の流行は起きておらず、今では「幻の病」ともいわれています。

視床下部の炎症が原因か?

「感染型眠り病」の原因は100年経った今でも解明されていません。もちろん、治療法も確立されていません。

しかし、この眠り病は、名前の通り「脳に炎症を与える」ものであることは判明しています。

前述したエコノモ氏は、睡眠や覚醒の神経メカニズムが全く不明であった1920年代後半に1つの特徴を見つけていたのです。

流行時、エコノモ氏は死亡した患者の脳を解剖して、特徴的な病変の有無を調べました。

その結果、眠り病患者の脳に、「視床下部の後部」を中心に炎症性病変が広がっていることを発見したのです。また、逆に不眠患者の脳は、「視床下部の前部」に病変が広がっていました。

原因不明。1900年代前半にパンデミックを起こした「感染性の眠り病」とは
(画像=Credit:NATIONAL GEOGRAPHIC-三島和夫、『ナゾロジー』より 引用)

「視床下部」とは、脳の中心部に位置する4グラム程度の小さな脳組織です。食、性、睡眠に関連する行動をつかさどっています。

視床下部の睡眠をつかさどる後部が炎症を引き起こすことにより、覚醒が妨げられ眠気が生じていたのです。当時、エコノモ氏がこの原理を推測し、現代では既に証明されました。また、原因となるウイルスは発見されていませんが、恐らくウイルス性のものだと推定されています。

つまり、エピデミックとなった「感染型眠り病」とは、「脳の一部に炎症を引き起こす感染病」だった可能性が高いのです。

解明への道筋は見えていますが、現在までの間に嗜眠性脳炎の流行が再来しなかったため、原因物質の特定には至っておらず、治療法も未発見のままです。

しかしエコノモ氏が行った嗜眠性脳炎の研究は、まだ睡眠と覚醒に関する神経メカニズムの詳細が不明だった当時に、睡眠に対する科学的知見を与えるものでした。

過去の感染性睡眠病の研究が、まさに睡眠科学の道を切り拓いたのです。


Encephalitis lethargica: 100 years after the epidemic


written by ナゾロジー編集部

提供元・ナゾロジー

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