「え? もうこんなに時間が経ってたの?」
ゲームをやっているとそんな風に感じることはないでしょうか?
この感覚はVRゲームで、より顕著になる可能性があるようです。
5月3日に科学雑誌『Timing & Time Perception』に掲載された新しい研究は、参加者にVRゲームプレイ中に5分経過したと思ったら申告してもらうという実験を行ったところ、平均72秒も超過してしまったと報告しています。
VRには思ったよりも早く時間が過ぎてしまう、強い時間圧縮効果があるようです。
思ったより時間が多く経過してしまう「時間圧縮」効果
退屈な仕事はいつまで経っても時間が過ぎないのに、楽しい時間はあっという間に流れてしまう。
ほとんどの人は、そんなことを日々感じていることでしょう。
かのアインシュタイン博士も同じことを感じていたらしく、こんな言葉を残しています。
「熱いストーブの上に手を置いたら、1分が1時間くらい長く感じられるでしょう。
でも可愛い女の子と過ごす時間は、1時間が1分にしか感じられない。
それが相対性というものです」
相対論はともかく、人は楽しいことに集中していると時間を忘れてしまいがちです。
そんな思ったより時間が早く過ぎてしまうことを、心理学では時間圧縮効果と呼びます。
ゲーマーの人は、ビデオゲームに熱中しているとき、この効果を強く実感しているのではないでしょうか?
これについてはすでに先行する研究があり、ゲームがプレイヤーに時間を忘れさせる可能性があることが示されています。
そして、新しい研究は興味深いことに、この効果が2次元画面で同じゲームをプレイする場合と比較して、VRヘッドセットを装着してプレイする場合に、より大きくなると報告しているのです。
今回の研究著者、カリフォルニア大学サンタクルーズ校のグレイソン・ミューレン(Grayson Mullen)氏は、友人の家で交代でVRゲームをプレイしていたとき、突然奇妙な感覚に襲われたといいます。
「ゲームをやめたとき、時間の経過がまったくわからなくなったんです。自分のプレイ時間が10分だったのか、40分だったのかもわからず、1人で長くプレイしすぎたんじゃないかと不安になりました」
ミューレン氏は、大学で認知科学を専攻していました。
そこで、彼は心理学のニコラス・ダビデンコ教授のサポートを得て、この奇妙な感覚について研究してみることにしたのです。
ズレていく人ぞれぞれの時間感覚
ミューレン氏もゲームが持つ時間圧縮効果に関する先行研究は知っていました。
そこで、VRゲームがプレイヤーの時間感覚に与える影響が、従来のモニターを介したゲームとどのように違うのかを知りたいと考え、両方のフォーマットでプレイできる迷路ゲームをデザインしました。
実験の参加者は、同じサンタクルーズ校の学部生41名に協力してもらいました。
参加者は、この迷路ゲームをモニターとVRヘッドセットの両方でプレイし、「5分経ったな」と感じたらゲームを中断してもらいました。
モニター版とVR版は、それぞれ迷路の構造が異なっていて、どちらから始めるかはランダムに決定しました。
ゲームプレイ中、参加者には時計が見えないようにしているので、時間の推定は各人の時間感覚に基づいています。
実験の結果、VR版のゲームを最初にプレイした学生は、モニター版ではじめた学生と比べて、5分経過したと感じるまでに平均で72.6秒も長くプレイすることがわかりました。
つまり、VR版のプレイヤーは、モニター版のプレイヤーと比べて28.5%も時間圧縮されていたことになります。
この時間圧縮効果は、VR版を先にプレイした参加者にのみ確認されました。
これは、ゲーム形式に関わらず、参加者は1回目のゲームで見積もった時間を基準にして、2回目のゲーム時間を判断したためだと考えられます。
となると、今回の結果は、明らかにVRに強い時間圧縮効果があったと示すことになります。
VRで歪む時間感覚の謎
VR体験で時間圧縮を感じるという報告自体は以前からありました。
そのことを利用して、化学療法の患者が感じる治療時間を圧縮しようという研究もあります。
ただ、これらの研究は個人の感想に基づいていて、時間の間隔を定量評価したものはまだありませんでした。
「今回のはじめて、VRの時間圧縮がゲームをしているということだけでなく、何を見ているかというコンテンツの問題でもないことが明確になりました。
この時間圧縮効果に貢献している要因は、従来のモニターではなく、バーチャルリアリティであるという事実なのです」
ミューレン氏は結果をそのように語っています。
このような効果が見られる理由については、まだ明確ではありませんが、ミューレン氏は論文の中でVRでは身体意識が希薄になることが原因の1つである可能性を指摘しています。
私たちは心拍など体のリズムに頼って、時間経過を把握しているという説があります。
VRでは自分の体を見下ろしても、そこには何もありません。簡単なモデルを表示することはあっても、それが自分の体として感じる人はいないでしょう。
VRでは体の感覚が鮮明でなくなるため、これが時間感覚を狂わせる要因になっているのかもしれません。
こうしたVRの時間圧縮効果は、先にあげた不快な治療時間の短縮や、長距離フライトの時間圧縮などで有用なものになる可能性があります。
ただ、研究者はこの効果がもたらすデメリットについても注意が必要だと語ります。
たとえばVRカジノのような没入型コンテンツは、時間を忘れて没頭する可能性があり、中毒症状と合わせて注意が必要な事例となるでしょう。
こうした効果が明確に研究から示されるようになれば、ゲームデザイナーはVRで定期的に時刻を知らせる仕掛けや、時計を表示するなど時間感覚を調整する仕組みを求められるようになるかもしれません。
ただ、現在のVRゲームは時間を忘れてやりすぎるという問題より、3D酔いのために長時間遊べないという意見のほうが多いので、それほど心配する問題はないかもしれません。
参考文献
Virtual reality warps your sense of time(UCSC)
元論文
Time Compression in Virtual Reality
提供元・ナゾロジー
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