ヒトとサルのキメラ胚が作られました。

4月15日に『Cell』に掲載された論文によると、サルの胚に人間の幹細胞を入れて人工的に培養することで、サルとヒトの細胞が混ざった「キメラ胚」を作ることに成功したとのこと。

これまでの研究では、ブタの「肉」部分だけをヒトのものに置き換えたブタとヒトのキメラなどが作られていますが、今回のサルとヒトのキメラは、ヒト細胞が脳や生殖器を含む、あらゆる臓器に変化可能な状態となっており、より進んだ研究であると言えます。

キメラの研究は命を扱う研究でもあり、生命倫理的な問題が課題です。

目次

  1. サルとヒトのキメラ胚を培養し原腸陥入期に移行させることに成功
  2. ヒトとサルの細胞が会話を行っていた
  3. ヒトを含む動物同士のキメラが技術的には可能になる?

サルとヒトのキメラ胚を培養し原腸陥入期に移行させることに成功

「サルとヒトのキメラ細胞」が実験室で誕生。19日間生存させることに初めて成功
(画像=サルの胚盤胞にヒトの幹細胞を注射してキメラを作った / Credit:Cell、『ナゾロジー』より引用)

近年の急速な生物工学の進歩により、ブタ・羊・マウスなど様々な動物とヒトの細胞を組み合わせたキメラが研究対象になっています。

しかし、これまで作られたキメラの動物と人間の細胞比は、極めて偏っていました。

例えば2017年に作られた有名なブタとヒトのキメラでは、人間の細胞はキメラ全体の0.001%未満に過ぎません。

多くの研究者たちは、その原因を「種の壁」であると考えています。

進化の歴史においてヒトとブタが枝分かれしたのは9000万年前であり、混ぜられたヒト細胞がブタに拒絶されてしまっている…との見解です。

そこで今回、ソーク研究所のベルモンテ氏は、進化的にヒトに近いサル(カニクイザル)を用いたキメラ作成を中国の研究者たちと共同で行うことにしました。

中国の昆明科学技術大学には、サル胚を子宮外で培養する人工子宮技術を保持しており、ベルモンテ氏のキメラ作成技術と合わせることで、ヒトとサルのキメラを子宮外で育成することが可能になります。

現在、多くの国で動物とヒトのキメラ胚を子宮に入れることを倫理的に問題があるとされていますが、人工子宮の技術を使えば、そうした問題の多くを、克服することが可能になります。

キメラ作成にあたっては、ベルモンテ氏らはまず、胚盤胞の状態まで成長させたサル胚132個に対して、それぞれ25個ずつ人間の幹細胞を注射していきました。

そして中国の研究者たちの人工子宮技術を用いて、胚を成長させていきます。

すると132個のうち111個が人工子宮への着床に成功し、注射されたヒト細胞は胚盤胞内部に存在する「内部細胞塊」に組み込まれます。

内部細胞塊はその後の発生において、脳や生殖器を含む体のあらゆる部分に成長する「体の元」とも言える細胞群です。

その後、3個が胚発生の初期にあたる「原腸陥入期」に入りました。

「サルとヒトのキメラ細胞」が実験室で誕生。19日間生存させることに初めて成功
(画像=キメラ内部のヒトの細胞は脳や生殖器にもなれる / Credit:Cell、『ナゾロジー』より引用)

もし胚が完全に成長した場合、理論的には、ヒトの脳を持つサルがヒトが妊娠できる精子や卵子を作る個体になる可能性があります。

本研究が倫理的に問題があると考えている人々は、この点を大きく懸念しました。

そこで予想できないリスクを避けるため、研究者たちは生き残っていたキメラ胚(原腸陥入期の3個)を19日目に破壊しました。

なお破壊に前後してキメラ胚内部のヒトの細胞の比率を調べたとこと、ブタとヒトのキメラ胚よりも遥かに高いことが確認されます。

この結果は、種の壁が低いサルなどのほうが、ヒトとのキメラ作成に適していることを示します。

さらに、より興味深い結果はキメラ胚内部での「ヒト細胞とサル細胞のコミュニケーション」にありました。

ヒトとサルの細胞が会話を行っていた

「サルとヒトのキメラ細胞」が実験室で誕生。19日間生存させることに初めて成功
(画像=キメラ胚内部でヒト細胞とサル細胞が何らかの連携を行っていた / Credit:Canva、『ナゾロジー』より引用)

今回の研究では単にキメラを作るだけでなく、キメラ胚と通常のサル胚の違いも調べられました。

破壊した胚から取り出した細胞が、どんな遺伝子やタンパク質を活性化させているかを調べることで、キメラ胚に何が起きているかを分子レベルで調査するのです。

すると、キメラ胚は純粋なサル胚やヒト胚とは異なる遺伝子やタンパク質が活性化していることが判明しました。

研究者たちはこの新たな変化が、ヒトとサルの細胞間で何らかの「コミュニケーション」が行われた結果であり、これらのコミュニケーションがヒト細胞の長期生存の鍵になる可能性があると考えました。

ヒトを含む動物同士のキメラが技術的には可能になる?

「サルとヒトのキメラ細胞」が実験室で誕生。19日間生存させることに初めて成功
(画像=キメラの研究には倫理観を見失わないことが求められる / credit: canva、『ナゾロジー』より引用)

今回の研究により、ヒトと進化的に近い動物はキメラ胚の製造に適していることが示されました。

また細胞で働いている遺伝子やタンパク質の活性を調べることで、ヒトとサルの細胞がキメラ胚の内部で何らかのコミュニケーションをとっていることも分かりました。

研究者たちは、このコミュニケーションの正体を解き明かすことができれば、より多くのヒト細胞を含むキメラ動物を作れるようになると予想しています。

技術的にキメラの作成がフィクションだけの話ではなくなった今、私たちはもう一度生命倫理について考えなくてはならないのかもしれません。


参考文献

RESEARCHERS GENERATE HUMAN-MONKEY CHIMERIC EMBRYOS

Controversial ‘Chimera’ Embryos Made by Scientists Are Part Human, Part Monkey

Part-human, part-monkey embryos grown in lab dishes

元論文

Chimeric contribution of human extended pluripotent stem cells to monkey embryos ex vivo


提供元・ナゾロジー

【関連記事】
ウミウシに「セルフ斬首と胴体再生」の新行動を発見 生首から心臓まで再生できる(日本)
人間に必要な「1日の水分量」は、他の霊長類の半分だと判明! 森からの脱出に成功した要因か
深海の微生物は「自然に起こる水分解」からエネルギーを得ていた?! エイリアン発見につながる研究結果
「生体工学網膜」が失明治療に革命を起こす?
人工培養脳を「乳児の脳」まで生育することに成功