全身麻酔の仕組みを解明すると、意識の本質がみえてきました。

4月27日に『eLife』に掲載された論文によれば、最も一般的に使われている麻酔薬「プロポフォール」は脳のリズムを乱すことで、意識の形成を妨げているとのこと。

意識がある時には、脳から1秒間に7回ほど、特徴的なスパイク(電気信号)が放たれていますが、このリズムが低下すると、意識も途切れてしまうようなのです。

不思議なスパイクは、意識の形成にどのようにかかわっているのでしょうか?

目次
全身麻酔の仕組みから「意識の正体と発生源」が見えてきた
スパイクは脳の各所の働きを統合するためのシグナルだった
意識は視床を発火点にして形成される

全身麻酔の仕組みから「意識の正体と発生源」が見えてきた

全身麻酔が効く仕組みから「意識の発生源」が見えてきた
(画像=スパイクのような単純な電気信号が意識を保っている / Credit:André M Bastos et al (2021) . eLife、『ナゾロジー』より引用)

麻酔は現代医学にとって必要不可欠な存在です。

しかし意外なことに、麻酔が意識を途切れさせる詳しい仕組みは詳細にはわかっていません。

麻酔が脳に作用する様子を解明するには、究極的には「生きているヒトの脳」を実験素材にする必要があるからです。

そのためこれまでは次善の策として、脳に電極を刺している患者に麻酔をかけ、意識が失われたときと、復活するときに生じる電気的な変化を読み取るという方法が、行われてきました。

その結果、意識の形成には脳の皮質や中央部の視床から、一定のリズムで発せられる特徴的なスパイク(電気信号)が必要であるという可能性が浮かび上がってきました。

そこで今回、MIT(マサチューセッツ工科大学)の研究者たちは可能性を検証するため、健康なサル(マカクサル)の脳の皮質に4カ所、視床に1カ所、電極を埋め込み、麻酔をかけて電気的な反応を観察することにしました。

結果、意識がある時には脳の各所は1秒間で7回ほどの特徴的なスパイクを発していたものの、麻酔が効き始めると頻度が低下し、1秒間に3~4回になるとサルは意識を失い、30分後には、0.2~0.5回にまで低下することがわかりました。

一方、麻酔を中断するとスパイクの頻度は徐々に回復し、1秒間に3~5回になるとサルは意識を取り戻しました。

この結果は、脳の各所から放たれる一定頻度のスパイクが、意識の形成にとって必要不可欠であることを示します。

ですが問題は、その理由です。

単純な信号が意識の形成にどのように関与しているのでしょうか?

スパイクは脳の各所の働きを統合するためのシグナルだった

全身麻酔が効く仕組みから「意識の発生源」が見えてきた
(画像=同期は意識にとって害である。意識に必要なのは干渉である。 / Credit:Canva、『ナゾロジー』より引用)

スパイクが意識の形成にどのようにかかわっているのか?

ヒントとなったのは、2015年に行われた研究で観察された、視床と皮質の奇妙な関係でした。

麻酔が効いて意識が無い状態のとき、全ての皮質領域と視床との間に、低い周波数領域での強い同期がみられたのです。

意識のような高度な情報統合が脳で行われるときに必要となるのは、同期ではなく、脳の各所から発せられる高い周波数どうしの干渉(コミュニケーション)だと考えられています。

そこで研究者たちは、1秒間あたり7回のスパイクが、意識の形成に必要な干渉と関連しており、視床はその中で中核的な役割をしていると仮説を立てます。

全身麻酔が効く仕組みから「意識の発生源」が見えてきた
(画像=視床を大出力の電気で刺激すると麻酔中にもかかわらず目覚めることができる / Credit:Canva、『ナゾロジー』より引用)

そして仮説を証明するために、麻酔で意識がない状態のサルの視床を、大出力の電気で刺激しました。

すると、まず刺激された視床がスパイクを発し始め、次いで脳の各所でもスパイクが観察されました。

そして低周波領域で同期状態にあった脳の各所が次第に同期を打ち破って、高周波での干渉をし始めました。すると麻酔の効果中にもかかわらず、サルが目を覚ましたのです。

この結果は、単純なスパイクが、意識の形成において土台となる役割を果たし、脳の各所の活動を統合させ意識を形成するのに役立っていることを示します。

意識は視床を発火点にして形成される

全身麻酔が効く仕組みから「意識の発生源」が見えてきた
(画像=意識は脳の各所の連携により生じる / Credit:Canva、『ナゾロジー』より引用)

今回の研究により、意識が1秒間で7回ほどの単純なスパイクの存在に大きく依存していることが示されました。

無意識(同期状態)であった脳の各所は、視床から発せられたスパイクに促されるようにして自らもスパイクを発し始めました。

そして同期を打ち破って高周波の干渉状態に移行することで、領域間のコミュニケーションを復活させ、1つの意識を形成していたのです。

また点火点として機能することがわかった視床は、意識形成における中核的な領域であることがわかりました。

不思議な1秒間で7回のスパイクは、脳の各所のコミュニケーションの復活・復活において重要な役割を果たしていたのです。

全身麻酔が効く仕組みから「意識の発生源」が見えてきた
(画像=麻酔は脳の各部位の機能そのものではなく連携を乱すことで意識を奪う / Credit:Canva、『ナゾロジー』より引用)

そして麻酔「プロポフォール」が効き目を発するのは、このスパイクを減少させ、脳の各所のコミュニケーションを鈍らせるからだと明らかになっています。

脳にはさまざまな機能を担当する領域が存在しますが、麻酔はそれぞれの機能を網羅的に抑え込むのではなく、連携(リズム)を乱すことで意識を失わせる効果を発揮していたのです。

今回の研究で用いられた麻酔「プロポフォール」はセボフルラン、イソフルラン、デスフルラン、バルビツール酸塩、エトミデートといったさまざまな麻酔と同じ標的部位(GABA受容体)を持つため、これらの麻酔の効き目も、同期と関連している可能性があります。

一方、ケタミンや亜酸化窒素などのNMDA拮抗薬を標的とする麻酔薬は、異なるダイナミクスとメカニズムを持っていると考えられています。

参考文献
Anesthesia doesn’t simply turn off the brain, it changes its rhythms

元論文
Neural effects of propofol-induced unconsciousness and its reversal using thalamic stimulation

提供元・ナゾロジー

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