遺伝子を知るものは競馬を制するようです。

近年になってサラブレッド競走馬の遺伝子解析が進み、遺伝子によって最適なレース距離が存在することが明らかになってきました。

特に重要となるのは「スピード遺伝子」と「持久力遺伝子」です。

例えば、スピード遺伝子を多く持つ馬の場合、1000m~1600mの短距離走において無類の強さを誇る一方で、2400mのレースで優勝できる可能性は極めて低いことが統計的に明らかになっています。

そのため、馬の遺伝子を調べることで、レースの結果を高い精度で予測することが可能になっています。

しかし意外なことに、かつてサラブレッドの先祖たちの中に「スピード遺伝子」を持つ馬はおらず、全てが持久力遺伝子をもっていたことが『Nature Communications』に掲載された論文で明らかになりました。

スピード遺伝子はいったいどこからサラブレッドの血脈に入ったのでしょうか?

目次


全てのサラブレッドのスピード遺伝子は1頭の英国ウマに遡る
遺伝子型ごとの最適距離
遺伝子を知る者がレースの勝者になる


全てのサラブレッドのスピード遺伝子は1頭の英国ウマに遡る

全ての「サラブレッドのスピード遺伝子」は1頭の英国ウマに由来している
(画像=300年前に英国に存在したメス馬がサラブレッドの血脈にスピード遺伝子を与えた / Credit:Cygames、『ナゾロジー』より引用)

スピード遺伝子について語るにあたって、まず「スピード遺伝子とは何か?」という点について知っておく必要があります。

実はそんなに難しい話ではありません。

馬の筋肉の発達に決定的な影響を及ぼす遺伝子の、「塩基配列」の一部がT(チミン)である場合は持久力遺伝子となり、C(シトシン)である場合はスピード遺伝子になるというだけの話になります。

塩基配列とは、遺伝子中のDNAを構成する塩基、A(アデニン)T(チミン)G(グアニン)C(シトシン)の並びのことで、この並びを組み替えることで遺伝情報を保存しています。

塩基配列は非常にデリケートな存在であり、たった1文字の違いが生物の容姿や能力を大きく変えることがあるんです。

さて、今回問題となるのは、スピード遺伝子がどのウマから遺伝して来たのかです。

現代のサラブレッドは17世紀の終わりから18世紀のはじめにかけて生きていた3頭のオス馬のいずれかを祖先にすることが知られていますが、不思議なことに、これら3頭にはスピード遺伝子の痕跡がみられないことが判明しました。

一方、サラブレッドの先祖は17世紀を境にして、異種の馬との交配を行わなくなっていたことが記録から判明しています。

この結果は、現在から300年前、サラブレッドの血統が外部に対して閉じられる直前に、1頭の異種のメス馬によって、スピード遺伝子が血統内部に加わったことを示します。

どうやらスピード遺伝子は、サラブレッドの先祖のオス馬が、地元のメス馬と恋に落ちた結果受け継がれたようなのです。

このスピード遺伝子はどのように競馬界に影響してきたのでしょうか

遺伝子型ごとの最適距離

全ての「サラブレッドのスピード遺伝子」は1頭の英国ウマに由来している
(画像=遺伝子型により最適距離が異なる。最適距離から大きく離れた走行距離では成績は著しく低下する / Credit:Canva 、『ナゾロジー』より引用)

メス馬から引き継がれたスピード遺伝子が実際の勝敗にどのような影響を与えるのか?

調査を行った結果、かなり明確な数値が明らかになりました。

スピード遺伝子をダブルで持つ「C:C」型のは短距離型で、最適距離は1000~1600m

スピード遺伝子と持久力遺伝子を1つずつ持つ「C:T」型は中距離型で、最適距離は1400~2400m

持久力遺伝子しか持たない「T:T」型は長距離型で、最適距離は2000m以上

となります。

さらにスピード遺伝子(C)は最適距離でなく、馬の成長速度にもかかわっていることがわかりました。

スピード遺伝子をダブルで持つ「C:C」型は短距離型であるだけでなく、筋肉の成長が速いために、若い2歳に限ったレースなどでは、非常に有利になっていたのです。

遺伝子を知る者がレースの勝者になる

全ての「サラブレッドのスピード遺伝子」は1頭の英国ウマに由来している
(画像=人気の馬の尻尾の毛1本にトンデモない値段がつく日がくるかもしれない / Credit:Canva、『ナゾロジー』より引用)

馬の遺伝子の分析が進むにつれ、レースの成績との関連性が非常によくわかってきました。

また遺伝子の解明は、適切な種馬の組み合わせや調教のヒントにもなります。

研究者たちは今後、分析する遺伝子の範囲を数万カ所に広げ、第2、第3のスピード遺伝子の発見を目指すようです。

競馬界はお金にからむ業界なだけに、最初の発見者は莫大な利益を稼げるかもしれませんね。

参考文献
Thoroughbred Racehorses Get Speed from Just a Few Ancestors

元論文
The genetic origin and history of speed in the Thoroughbred racehorse

提供元・ナゾロジー

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