世界で猛威をふるうコロナウイルスですが、これは人類が初めて直面した大流行ではなかったかもしれません。

米国アリゾナ大学の研究チームが行った広域のDNA調査の結果、2万5千年前に東アジアの人々は、コロナウイルスの大流行にさらされていた可能性が発見されました。

東アジアでは、世界でも比較的コロナウイルス蔓延が緩やかでしたが、その理由は古代に直面したパンデミックに関連があったかもしれません。

この研究は現在レビュー中で科学雑誌への掲載は決まっていません。論文はプレプリントサーバー『bioRxiv』に1月13日付けで公開されています。

目次


遺伝子に刻まれた古代の記憶

古代ウイルスの指紋からわかること

現代の我々にどう役立つのか?


遺伝子に刻まれた古代の記憶

東アジアでは2万5千年前に「古代コロナウイルス」が流行していた
(画像=遺伝子からは何万年にも渡る進化の歴史も刻まれる / Credit:canva、『ナゾロジー』より 引用)

遺伝子には、現代の私たちに関する情報だけでなく、数万年前にさかのぼる進化情報も含んでいます。

今回の研究チームの1人、アリゾナ大学で生態学と進化を研究するデビッド・エナード助教授は、「ウイルスが、ヒトゲノムにおける自然淘汰の主な推進力の1つになっている」と述べています。

これは現代のツールを使用すれば、人々のDNAから古代の病原体の指紋を検出することができるということです。

そこで研究チームは、遺伝子に関する公開データベースを利用して、世界中の26の異なる民族から2,504人分の遺伝子情報を分析しました。

この民族には、中国雲南省の少数民族のタイ族(傣族)、ベトナムの主要民族キン族(京族)、西アフリカ最大の民族集団のひとつヨルバ人などが含まれています。

コロナウイルスは、ヒトの細胞内に寄生し、細胞の複製機能を乗っ取ることで増殖していきます。

このウイルスの乗っ取りは、何百もの異なるヒトタンパク質との相互作用に依存しています。

そこで、研究チームは、コロナウイルスと相互作用することが知られている420のヒトタンパク質に着目し、調査を行いました。

このうち332のタンパク質は、現在Covid-19を引き起こす原因となっている「SARS-CoV-2」ウイルスと相互作用します。

これらのタンパク質は、ウイルスの細胞内の複製を手助けすることになりますが、逆に細胞がウイルスと戦うための助けとなる場合もあります。

このタンパク質をコードする遺伝子は、絶えずランダムに変異していますが、変異によって遺伝子に利点がもたらされる場合(つまりウイルスと戦う能力が向上する場合)、次世代に受け継がれる可能性が高くなります。

研究調査の結果、東アジア系の人々のこれらのタンパク質からは、時間経過とともに予想されるよりも多くの突然変異が見つかりました。

それは、古代の祖先たちが、なんらかのウイルスに対して抵抗した結果であると考えられるのです。

この調査で研究チームは、分析した420個のタンパク質のうち42個が、約2万5千年前に頻繁に遺伝子変異を始めていたことを発見したと報告しています。

この傾向は、約5千年前まで続いており、2万年という長い間、古代のウイルスが東アジアの人々を脅かし続けていたと示唆されるのです。

古代ウイルスの指紋からわかること

東アジアでは2万5千年前に「古代コロナウイルス」が流行していた
(画像=パンデミックは古代の人々も悩ませていた / Credit:canva、『ナゾロジー』より 引用)

現在のコロナウイルス流行の初期段階において、東アジアの一部の集団では、感染数の増加が緩やかだったことが謎とされています。

しかし、ひょっとするとその原因は、この祖先から受け継いだ古代コロナウイルス流行による変異の影響かもしれない、と研究チームは示唆しています。

ただ、これは予想であって事実であるかは定かではありません。

今回の研究には関わっていない、カリフォルニア大学医学部の准教授ジョエル・ヴェルトハイム氏は「この進化を引き起こしたウイルスが、コロナウイルスであったかどうか判断することは非常に難しい問題です」と語っています。

ただ、「もっともらしい実用的な理論のようだ」と彼は研究を評価しています。

実際研究チームのエナード氏も、東アジアの祖先を悩ませた古代の病原菌がコロナウイルスではない可能性があることは認めています。

今回の発見が、コロナウイルスと似たような相互作用を細胞と起こす、別種のウイルスであった可能性は否定できません。

しかし、2月9日に同じくプレプリントサーバー『bioRxiv』に投稿された別の研究は、SARS-CoV-2を含むコロナウイルスのファミリーであるサルベコウイルスが、2万3500年前に最初の進化をしたという報告を行っています。

こちらの研究もまだ科学雑誌への掲載はされていませんが、今回の研究と時期が一致していて、関連している可能性があります。

現代の我々にどう役立つのか?

東アジアでは2万5千年前に「古代コロナウイルス」が流行していた
(画像=研究は現代の私たちにどう役立つのか? / Credit:depositphotos、『ナゾロジー』より 引用)

この遺伝子適応に関する発見が、現在私たちを悩ませている「SARS-CoV-2」の流行に対して、何か役に立つということはないだろうと研究者は語ります。

ウイルスに対しては遺伝的な要因よりも、社会的な制度や医療関連サービスの充実のほうがはるかに効果が高いからです。

じゃあ、この研究に何の意味があるんだ? となってしまいそうですが、こうした事実の発見は、今後発生するかもしれない危険なパンデミックを事前に予想するために役立つ可能性があります。

我々がまだ流行した事実を知らない新しい野生のウイルスを発見した際、もし、人間のDNAから過去の流行の痕跡を発見することができれば、それは今後人類を襲うパンデミックの原因になる可能性があるのです。

過去に起こっていたことは、未来でも起きる可能性があります。それはパンデミックの「早期警告システム」として使用できるかもしれません。

では、現在私たちが直面している、この厄介な「SARS-CoV-2」のパンデミックも、はるか未来の人々にDNAの痕跡から発見される日が来るのでしょうか?

エナード氏は、その可能性は低いだろうといいます。

その理由は、ワクチン接種のおかげでウイルスが人間の進化適応を推進する間もなく撲滅されてしまう可能性が高いからです。

研究者の語る通り、現在のパンデミックは、遺伝子に痕跡が残る間もなく、さっさと収束して欲しいものです。

少なくとも今回の研究が発見したような、2万年も続く流行は御免被りたいですね。

参考文献
An ancient coronavirus swept across East Asia 25,000 years ago(livescience)

元論文
An ancient viral epidemic involving host coronavirus interacting genes more than 20,000 years ago in East Asia

ライター:KAIN
大学では電気電子工学、大学院では知識科学を学ぶ。ナゾロジーでは趣味で宇宙関連の記事を書くことが多いです。そして特に求められていなくても、趣味でアラフォーに刺さるアニメ、ゲームネタを唐突にぶっこむことも。 科学が進歩するほど、専門分野は先鋭化し、自分と無関係な知識に触れる機会が減ります。しかし、自分には解決の糸口も見えない問題が、ある分野ではとうに解決済みの話かもしれません。問題を解決させるのはいつでも新しい知識とのふれあいです。先人の知恵、最新の発見、それが誰かの抱える問題解決の助けになるよう、現在は科学ライターとして活動中。

編集者:やまがしゅんいち
高等学校での理科教員を経て、現職に就く。ナゾロジーにて「身近な科学」をテーマにディレクションを行っています。アニメ・ゲームなどのインドア系と、登山・サイクリングなどのアウトドア系の趣味を両方嗜むお天気屋。乗り物やワクワクするガジェットも大好き。専門は化学。将来の夢はマッドサイエンティスト……?。

提供元・ナゾロジー

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