ある人々は、私たちの心、精神が肉体に依存していなければ、「永遠の命」を得られると考えています。

そのため、心をデジタル化して機械にアップロードすることで心を肉体から解き放つための方法が検討されてきました。

科学技術が大幅に進歩した現代では、「心または精神のデジタル化」は可能なのでしょうか?

Youtubeの科学チャンネル「Kurzgesagt」は、この問いに対する答えを提供しています。

目次


心のデジタル化にはそもそも3つの前提がある

マウスの脳スキャンは8カ月かかる。人間の脳はその1000万倍の労力が必要!?


心のデジタル化にはそもそも3つの前提がある

心・精神をデジタル化することは現代では不可能であり、その見通しも立っていません。

なぜなら「心のデジタル化」には現在人間が解決できない大きな課題が複数存在しているからです。

そもそも心のデジタル化は、未解決な3つの前提の上に成り立ったものです。

心をアップロードして永遠に生きることはできるのか?
(画像=心のデジタル化は3つの前提の上に成り立つ / Credit:Kurzgesagt、『ナゾロジー』より 引用)

第一に「心のすべてが脳の中に存在する」必要があります。

これは、私たちが「何を思い、何を考え、どう感じるか」といった心の作用すべてが脳の物理的な構造によって生じているという考えであり、物理主義と呼ばれています。

第二に、「人間が脳を十分に理解でき、デジタルコピーするだけの技術を持つ」必要もあります。

そもそもこの論題自体、人間に脳を理解しコピーできるだけの能力があるという前提の上に成り立っているのです。

心をアップロードして永遠に生きることはできるのか?
(画像=脳の働きを完全にコピーしなければならない / Credit:Kurzgesagt、『ナゾロジー』より 引用)

第三に、「脳のデジタルコピーを使って、コンピューター内で脳の働きを完全に再現する」必要もあります。

これはつまり、「人間の心はプログラムコードですべて再現できるのか?」という疑問を解決することだと言えるでしょう。

例えば、私たちが「ミカンよりリンゴが好き」という感情を抱くとします。

そして、これをコンピューター内で再現するために、プログラミングで「ミカンよりもリンゴを好む傾向」をつくるのは簡単です。

心をアップロードして永遠に生きることはできるのか?
(画像=そもそもコンピューター内で人間の心を再現できる? / Credit:Kurzgesagt、『ナゾロジー』より 引用)

では、後者は感情ですか? そうでないとしてもコードをもっと複雑にすれば、そのプログラム処理は感情と呼べるものになりますか? 現在これを完璧に回答できる人はいません。

さて、ここまでで3つの前提を考えてきました。これらはずっと議論されてきたことですが、答えは出ていません。

では仮にこれらの前提をクリアするなら、心・精神のデジタル化は可能でしょうか?

マウスの脳スキャンは8カ月かかる。人間の脳はその1000万倍の労力が必要!?

心や精神のデジタル化を実現させるためには、最初に脳の働きを正確にスキャンしなければいけません。

ところが脳では約1000億個のニューロンが互いに接続しあい、電気信号を毎秒1000回も送っています。

心をアップロードして永遠に生きることはできるのか?
(画像=脳では毎秒1000回もの電気信号が送られている / Credit:Kurzgesagt、『ナゾロジー』より 引用)

しかも脳にはニューロンだけなく、様々な役割を担った多種多様な細胞が存在しています。

そのため、科学者たちは心の働きを正確に把握することさえできていません。

もちろん、脳スキャンを現実のものとするための実際的な取り組みは行われています。

2019年にはマウスの脳を2万5000枚にスライスしてその画像をスキャンしました。

心をアップロードして永遠に生きることはできるのか?
(画像=マウスの脳を2万5000枚にスライスし、画像スキャンする / Credit:Kurzgesagt、『ナゾロジー』より 引用)

その結果、ニューロン10万個とシナプス1000万個、さらに4kmの神経線維を解析することに成功。

ただし、このために5台の電子顕微鏡を5カ月使用し、1億枚以上の画像を収集する必要がありました。

さらに画像を3Dモデルに組み立てるのに3ヵ月かかり、完成したデーターセットは2ペタバイトという膨大なデータ量になったとのこと。

同じ方法を人間で行うなら、これの1000万倍の労力が必要になります。

心をアップロードして永遠に生きることはできるのか?
(画像=人間の脳をスキャンするにはマウスの1000万倍の労力が必要 / Credit:Kurzgesagt、『ナゾロジー』より 引用)

仮に脳のスキャンが可能だったとしても、それは静的な画像に過ぎません。

心の働きを再現するには、さらにこれらがどのように働くのかという動的なデータを集め、それをコンピューター内で再現できなければいけないのです。

現在では、心や精神をデジタル化してコンピューターにアップロードすることはできませんし、その見通しすら立っていません。

しかしこの分野の研究は日々続けられており、心のデジタル化に繋がらないとしても、新しい技術の開発に貢献しています。

また量子コンピューターなど、急速に進歩を遂げているコンピューターが、将来道を開く可能性はあるでしょう。

参考文献
Kurzgesagt

ライター:大倉康弘
得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。

編集者:やまがしゅんいち
高等学校での理科教員を経て、現職に就く。ナゾロジーにて「身近な科学」をテーマにディレクションを行っています。アニメ・ゲームなどのインドア系と、登山・サイクリングなどのアウトドア系の趣味を両方嗜むお天気屋。乗り物やワクワクするガジェットも大好き。専門は化学。将来の夢はマッドサイエンティスト……?。

提供元・ナゾロジー

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