新しい研究では、寒さに強い人の遺伝子は変異している可能性があると指摘されています。
スウェーデン・カロリンスカ研究所に所属する生理学者ホーカン・ウェスターブラッド氏ら研究チームは速筋繊維に影響を与えるACTN3遺伝子が変異すると、人は耐寒性を獲得すると発表したのです。
そして現在、世界中の5人に1人は、変異したACTN3遺伝子をもっています。
詳細は、2月17日付けの科学誌『American Journal of Human Genetics』に掲載されました。
目次
筋肉に瞬発力を与える遺伝子の変異
一部の人間は、遺伝子変異によって寒さに強くなっていた
筋肉に瞬発力を与える遺伝子の変異
人の筋肉は、速筋繊維と遅筋繊維に分かれています。
速筋繊維は瞬発力を生み出す筋肉であり、短距離走に有利です。対して遅筋繊維は持久力に優れた筋肉であり、長距離走に有利です。
そしてこれまでの研究では、速筋繊維の収縮に「α-アクチニン3タンパク質」が役立つと分かっています。
ちなみにα-アクチニン3タンパク質は、「スピード遺伝子」として知られる「ACTN3遺伝子」によって作り出されます。
しかし現在、世界の約15億人、つまり5人に1人はACTN3遺伝子が変異しており、α-アクチニン3タンパク質を生産していません。
そしてACTN3遺伝子が変異している人は瞬発力に劣るものの、持久力の点で有利だと考えられています。
なぜなら、α-アクチニン3タンパク質の無い速筋繊維は、瞬発力を生み出す代謝方法からより効率的な代謝方法へと変化しているからです。
また、プロの短距離選手の多くは変異していないACTN3遺伝子をもっていると言われています。
さて、こうした背景にあって、研究チームはACTN3遺伝子の変異、つまりα-アクチニン3タンパク質欠乏と耐寒性の関係を調べることにしました。
一部の人間は、遺伝子変異によって寒さに強くなっていた
新しい研究では、18~40歳までの健康な男性41人に、体温が35.5℃に下がるまで最大120分間、冷水(14℃)の中で座っているよう依頼しました。
その間、筋電図によって参加者の筋肉活動を測定しています。
研究の結果、ACTN3遺伝子が変異している参加者の69%が冷水にさらされた後も、体温を35.5℃以上に保つことができました。
対して、変異していないACTN3遺伝子をもつ参加者の中で体温を35.5℃以上に維持できたのは30%だけでした。
ACTN3遺伝子が変異している人は、体温維持に優れていたのです。
これは速筋繊維のエネルギー効率が関係していると考えられます。
α-アクチニン3タンパク質をもつ人は、爆発的な筋収縮によって体温を上昇させますが、その分エネルギー効率も悪くなります。
対して遺伝子変異によりα-アクチニン3タンパク質が無い人は、爆発的な筋肉収縮も少ないため、わずかなエネルギーで無駄なく体温を維持できるのです。
ウェスタ―ブラッド氏によると、「α-アクチニン3タンパク質が不足している人は、寒いときでも震えません。代わりに、筋肉の緊張を高めることでエネルギーを節約します」とのこと。
加えて今回の結果から「寒い地域での生活に対応するために、人々のACTN3遺伝子が変異したのかもしれない」と考えています。
5人に1人が遺伝子変異をもつため、私たちの身近にも遺伝子レベルで寒さに強い人がいるかもしれません。もしかしたら、自分が該当している可能性もあるでしょう。
参考文献
A NATURAL MUTATION CAUSES SOME PEOPLE TO NOT FEEL THE COLD
元論文
Loss of α-actinin-3 during human evolution provides superior cold resilience and muscle heat generation
提供元・ナゾロジー
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