巷でよく「盲腸」と呼ばれる病気は、実際は盲腸ではなく、そこにぶら下がっている突起物の「虫垂」で起こります。
そのため、正確には盲腸でなく、「急性虫垂炎」です。
急性虫垂炎は、虫垂を切除することで治りますが、それを切っても特に生活に支障はありません。
すると、虫垂はなくても困らない無用の器官とも思われます。
しかし、近年の研究で、虫垂には大切な機能があることが明らかになりつつあります。
虫垂はもともと「セルロースの消化」に役立っていた
ヒトの体内にある器官はどれも重要な役割をもちます。
心臓は血液を送り出し、肝臓は血液から毒素をろ過し、腎臓は老廃物を体外に排出します。
しかし、盲腸の下にぶら下がる5〜10センチほどの虫垂には、どんな役割があるのかよくわかっていませんでした。
そのため、専門家の多くは、虫垂を「痕跡器官」に分類しています。
痕跡器官とは、進化の過程で用をなさなくなった器官が、わずかに形だけを残しているものを指します。
具体的には、ヒトの尾てい骨や親知らずがそうです。
しかし、虫垂にはもともと消化機能が存在し、そこに共生する微生物の助けを借りてセルロース(炭水化物)の消化を促していました。
草食動物の虫垂は、今でもセルロースを消化する機能がありますが、ヒトではほとんど失われています。
これは、ヒトが進化するにつれて、より消化しやすい食べ物を取り入れるようになったからと言われます。
では、ヒトの虫垂には、具体的にどんな機能が残っているのでしょうか?
虫垂は「感染症の予防」に役立っていた
2016年のオランダの研究によると、虫垂は免疫系で重要な役割を果たす「リンパ球」に覆われていることが判明しています。
リンパ球は白血球の一部であり、さらにB細胞(Bリンパ球)、T細胞(Tリンパ球)、NK(ナチュラルキラー)細胞などに分類できます。
そして、ヒトの虫垂は、B細胞とT細胞を介した免疫反応にかかわり、感染症の予防に一役買っていることが示唆されたのです。
B細胞は、体内に侵入してきたウイルスや病原体に対する抗体をつくり、T細胞は、自ら動いて異物の排除に努めます。
また、ミッドウェスタン大学の研究(アメリカ)では、533種の哺乳類における虫垂の有無と、ほかの消化管や腸内環境との関連性が調べられています。
その結果、虫垂の機能の一つとして、白血球を消化管に存在する抗原(ウイルス・病原体)にさらし、局所的な免疫反応を促すことが判明しました。
さらに、ヒトの虫垂は数種類の腸内細菌叢を育み、一種の「安全地帯」として働いているようです。
これにより、ひどい下痢症状や、強力な経口薬の服用後に起こる腸内細菌叢へのダメージを修復し、細菌を再増殖させることが可能です。
ウィンスロップ大学病院(アメリカ)の研究では、虫垂のない患者は、「クロストリジウム・ディフィシル腸炎」の再発率が通常の4倍高いことがわかっています。
この病気は、腸内に少数生息するクロストリディオイデス・ディフィシル細菌が異常増殖するために起こる大腸炎です。
虫垂は、その異常増殖を抑えて、腸内環境を整えていると見られます。
しかし、虫垂がそれほど重要ならば、盲腸もとい「急性虫垂炎」はなぜこれほど頻繁に起こるのでしょうか?
これについて、デューク大学医療センター(米)の免疫学者、ウィリアム・パーカー氏は「工業化社会に伴う生活環境の変化が原因」と推測します。
「奇妙にも、衛生状態が極端に改善されたことで免疫系の機能が大きく低下し、虫垂が感染症にかかりやすくなった」と同氏は指摘します。
また、急性虫垂炎は、暴飲暴食や不規則な生活リズム、過度なストレスが原因にもなるため、現代人はますます「盲腸」にかかりやすくなっているのです。
参考文献
What function does the appendix serve?
提供元・ナゾロジー
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