ハエを侮ることなかれ。
生き物はそれぞれ異なる寿命を持ちますが、ここ十数年の研究で、身体の小さい生物ほど、知覚する時間の流れが遅いことが明らかになりつつあります。
専門家によると、短時間に起きる周囲の動きを細かく察知することで、自分よりずっと大きな捕食者からうまく逃げているそう。
つまり、昆虫や小鳥が1秒間で見る視覚情報の量は、ゾウよりもずっと多いのです。
食べる側と食べられる側の違いは、視覚情報の処理速度にあるのかもしれません。
本記事は、ダブリン大学トリニティ・カレッジ(アイルランド)が2013年に『Animal Behaviour』に発表した研究をもとにしています。
目次
「身体サイズ」と「視覚反応の速さ」に顕著な相関
ハエ「人間ってのろまだな〜」
「身体サイズ」と「視覚反応の速さ」に顕著な相関
ヒトでも、時間の感じ方には個人差があります。
スポーツ選手は、一般人よりも視覚情報を速く処理できる傾向が強く、たとえば、熟練のゴールキーパーがボールの向かって来る方向を瞬時に察知できるのはこのためです。
また、ヒトの視覚情報の処理速度は、加齢にも関係しています。
若い時はすばやく反応できても、歳をとると反応が鈍くなりますよね。
研究チームは、さまざまな生物の時間知覚の違いを調べるため、「臨界フリッカー融合頻度」と呼ばれる尺度を用いて計測したデータセットを収集しました。
この尺度は、動いている物を認識する能力を客観的に比較するものの1つ。
点滅する光を見る時、点滅速度が速くなるほど光が繋がって点灯状態のように見えますが、どの点滅速度まで「点滅」として捉えることができるかを測ります。
分析の結果、生物の身体のサイズと、視覚情報に対する反応の速さに、強い相関があることが分かりました。
つまり、身体の小さな生物ほど視覚反応が速く、身体の大きな生物ほどその反応が鈍くなっていたのです。
私たちヒトは、自動車や航空機の改良を重ねることで「もっと速く移動したい」という願望を叶えるための努力に余念がありません。
ですが、そこには常に人間の視覚情報処理の限界が存在しています。
研究員のアンドリュー・ジャクソン氏は「より速い移動を求めるならば、コンピュータアシストの力を借りるか、または薬剤を使ったり、最終的には移植を行うことによって、ヒトの視覚システムの強化を測る必要があるでしょう」と話しています。
では、視覚の処理スピードが最も速い生き物は何なのでしょうか?
ハエ「人間ってのろまだな〜」
調査対象の中で、軍を抜いて「俊敏な」生物は、ずばりハエでした。
ハエの目は、ヒトの目の4倍の速度で視覚刺激に反応します。どおりで、ハエたたきのヒット率が低いわけです…。
対して、「トロい」生物ナンバーワンは、深海に住むワラジムシでした。
1秒間に知覚できる光の点滅はわずか4回。それ以上になると、ワラジムシは混乱し、光がずっと点灯しているものと勘違いしていました。
「私たちは、ある生物にしか知覚できない緻密な世界が存在することを理解し始めたばかりです。
彼らが見ている世界が、私たちの見ている世界と異なるかもしれないと考えるのは非常に興味深いことです」とジャクソン氏は語ります。
そして忘れてはいけないのが、目がいくら迅速に脳へ情報を送っても、脳も目と同じスピードで送られてきた情報を処理できなければ、無意味だということ。
つまり、身体の小さな生物は、それだけ脳の処理速度も速いのです。
ハエは確かに物事を深く考えることはできないかもしれませんが、意思決定の速さは超一級。甘く見てはいけません。
自分を捕まえようと必死の形相の私たちを横目で眺めつつ、「人間ってのろまだな〜」なんて、余裕でつぶやいているかもしれませんね。
本記事は、2019年4月5日に掲載した記事を再編集したものです。
参考文献
Slow-motion world for small animals
元論文
Metabolic rate and body size are linked with perception of temporal information
提供元・ナゾロジー
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