誰もが鉛筆をゴムのように柔らかくできます。鉛筆の端のほうを2本の指でつかんで上下に揺らすだけです。
硬いはずの鉛筆が波のように揺らいで見えるでしょう。
この現象は「ラバーペンシル錯視」と呼ばれており、目の錯覚から生じています。
今回はラバーペンシル錯視のメカニズムと、未だに残る謎をご紹介します。
目次
目と脳はパラパラ漫画のよう
速い物体を見る時、網膜はぼやけた画像を取得する
「鉛筆が曲がるのはなぜ?」ポメランツ理論から解説
ラバーペンシル錯視の謎は深い
目と脳はパラパラ漫画のよう
最初に、脳が目から得た映像を処理する仕組みを考えましょう。
光が目に入ると、その刺激は網膜にある受容体(信号変換器)によって信号に変換されます。
そして変換された信号は神経に沿って脳に渡され処理されます。
ただし、脳に渡される情報は動画ではなく画像です。目で撮影された連写画像が脳に送られ、脳がその連写画像を繋げて動画のように私たちに見せているのです。
つまり私たちの目と脳のメカニズムはパラパラ漫画のようだといえるでしょう。
当然、1秒あたりの処理画像数が多ければ多いほど、私たちが感じ取る映像は滑らかになり、実際に起こっている現象をより正確に感じ取ることができます。
ちなみに2016年の調査によると、人間は毎秒50~100フレームを処理しますが、一部の鳥類は毎秒145フレーム、イエバエは毎秒270フレーム以上、最速のハエは毎秒400フレームも処理できるとのこと。
人間の映像処理能力は他と比べるとそこまで高くないのです。
速い物体を見る時、網膜はぼやけた画像を取得する
人間の処理フレーム数が少ないということは、速く動く物体を追跡するときにリアルタイムで検知できないということです。
その代わりに目は1フレーム内で生じた動きを1枚の画像に収めようとします。これにより、画像はぼやけてしまいます。
例えで考えましょう。
A地点からB地点までの100区画を物体が1秒で移動するとします。
これを毎秒100フレームのカメラでとらえるとどうなるでしょうか?1フレームには1区画写っており、鮮明なパラパラ漫画が完成します。
しかし毎秒10フレームのカメラだとどうなるでしょうか?1フレームで物体が10区画分移動する様子を表現しなければいけません。結果として、ぼやけた物体が10区画分伸びたような画像になります。
そして脳は、それぞれが伸びた物体画像10枚でパラパラ漫画を作るので、結局、私たちもぼやけてすべてが繋がった映像しか感じられません。
さて、このような現象を利用したものが蛍光灯です。蛍光灯は素早くオンとオフが繰り返されており、点滅しています。
しかし人間の処理フレーム数よりも高頻度もしくは同等に点滅しているため、私たちには絶えず光って見えるのです。
当然、処理フレーム数の多いハトには蛍光灯がいつも点滅しているように見えており、鬱陶しいと感じているかもしれませんね。
さて、この現象はラバーペンシル錯視も生み出すと考えられています。
「鉛筆が曲がるのはなぜ?」ポメランツ理論から解説
これまでに解説してきた視覚システムから分かるように、鉛筆を上下に揺らしたときに私たちが知覚する映像は、実際の映像ではありません。
アメリカ・ライス大学で視覚を研究している認知心理学者ジム・ポメランツ氏によると、それは「要約を伝えている」とのこと。
彼は1983年にラバーペンシル錯覚に対する最初の研究を発表。そこでは32種類の鉛筆の振りパターンがシミュレーションされました。
その論文では、シミュレーションの16番目にあたる「鉛筆の先端近くを持って揺らす」方法が鉛筆をゴムのように柔らかく見せると判明。これは人間の毎秒フレーム数にあったものであり、他の動物では見え方が異なります。
そしてこの方法で鉛筆を上下するとき、鉛筆の振れる速度は一定ではなくなります。
鉛筆の端が下がりきった瞬間、または上がりきった瞬間では運動の切り替えが起こり低速になるのです。
そのため振れ幅いっぱいの位置にある鉛筆は鮮明な画像として取得され、それ以外の部分ではぼやけた画像として取得。
結果としてそれらの画像を脳が要約したときに曲がって見えるというのです。
ラバーペンシル錯視の謎は深い
ポメランツ氏の理論はラバーペンシル錯視のメカニズム解説の重要な部分ですが、科学者たちは「完全な回答には至っていない」と考えています。
そして、この点を解明するため様々な研究が行われてきました。
例えば2007年に行われた研究で、鉛筆の動きを追跡するように眼球を動かしたところ、鉛筆は「より硬く見えた」のとのこと。
これは網膜が取得する画像に変化を与える手法であり、「網膜が取得する画像がラバーペンシル錯視を引き起こす」というポメランツ氏の理論を支持する結果となりました。
しかし、別の実験は「他の要因もラバーペンシル錯視に関係している」という科学者たちの主張を支持するものとなりました。
その実験では鉛筆の背景がラバーペンシル錯視の有無に影響を与えると判明。
背景だけが動くとラバーペンシル錯視が起こり、背景と鉛筆を一緒に動かすとラバーペンシル錯視が起きなかったのです。
もし、ラバーペンシル錯視が網膜で取得した画像だけを要因として発生するのであれば、背景の動きには影響されないはずです。特に後者ではラバーペンシル錯視が発生するはずなのです。
つまりこの結果は、ラバーペンシル錯視が目だけではなく、脳の処理によっても生じていると分かります。
パラパラ漫画の一枚一枚のページだけでなく、その編集の仕方にも問題があったのですね。
結果として、現在でも、科学者たちは「鉛筆が柔らかく見えるメカニズム」を大まかには解説できますが、完全な回答を提出できていません。
それでも、イギリス・ダラム大学の心理学者ロア・タラー氏は、科学者たちが次のことだけは認めていると述べます。
「人間の脳は、できる限り最善を尽くします」
鉛筆が柔らかく見えるのは、脳が最善を尽くそうと頑張っている結果なのかもしれませんね。
参考文献
How does the rubber pencil illusion work? livescience.com/rubber-pencil-illusion.html
提供元・ナゾロジー
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