摂食障害は、食事のとり方に重篤な障害を及ぼす精神疾患です。

これは主に拒食症と過食症に分けられます。

この内、過食症は、ストレスが原因で抑制が効かなくなるために食べることがやめられなくなる、と現在の理論では理解されています。

しかし、ケンブリッジ大学の研究チームが行った新しい研究は、実験の結果、ストレスは拒食症患者の食事量に影響を与えていなかったと報告しています。

過食症の原因は、ストレスが原因で食べることの歯止めが効かなくなっているという単純なものではない可能性があります。

この研究に関する論文は、科学雑誌『Journal of Neuroscience』に、4月12日付けで掲載されています。

目次


食事が正常にとれなくなる摂食障害

割と過酷なストレス試験と豪華ビュッフェを使った実験

食事量とストレスの関連を示す 意外な実験結果


食事が正常にとれなくなる摂食障害

過食症の原因はストレスによる自制心の喪失ではなかった
(画像=摂食障害のイメージ画像。 / Credit:canva、『ナゾロジー』より 引用)

摂食障害は、食事が正常にとれなくなる精神疾患で、一般的に拒食症と過食症と呼ばれる2つに分類することができます。

拒食症(神経性食欲不振症)の患者は、極端なヤセ願望や肥満恐怖を特徴としていて、自身の体重・体型の認知が歪んでいて、実際痩せているのに太っていると感じ、食事の量や回数を制限してしまいます。

10~19才に多く見られ、40才以上では稀な症状で、患者の90%が女性です。

これは単に少食というだけではなく、女性の場合、栄養不足に伴う「無月経」が発生していて、期待される体重の85%以下しか体重がない場合に拒食症として診断されます。

過食症(神経性過食症)は、ダイエットの反動や、上記の拒食症の飢餓に耐えられなくなった反動としてむちゃ喰いをしてしまう症状です。

むちゃ喰いというのは、ほとんど人が同じ時間内で食べる量よりも明らかに多くの食事をしてしまい、本人も食べることがやめられないという感覚を伴う状態をいいます。

20~29才にもっとも多く見られ、こちらも患者の90%が女性です。

過食症はむちゃ喰いでどんどん太ってしまう病気と勘違いしている人もいるかも知れません。しかし、過食症も拒食症同様、本人には強いヤセ願望や肥満恐怖が見られます。

そのため、食事後に体重の増加を恐れて、指を突っ込んで食べたものを吐き出す誘発性嘔吐や、下剤・利尿剤を乱用する、絶食を始めるなどの代償行為を行ってしまいます。

過食症の原因はストレスによる自制心の喪失ではなかった
(画像=過食症では、最終的に食べたものを吐いてしまう場合が多い。 / Credit:canva、『ナゾロジー』より 引用)

2つの症状の患者たちは、まったく真逆の行動を取っているように見えますが、それは表裏の関係にあるのです。

そして拒食症については、血液検査による調査の結果、食事をするとき空腹ホルモンが増加する一方、満腹ホルモンもそれ以上に増加してしまうため、体が混乱を起こしてしまい正常に食事ができなくなっていることが示されています。

また過食症については、ストレスの影響で、自制心が失われ、自分の行動を制御できなくなってめちゃ喰いをしてしまうのだと考えられていました。

しかし、この理論は実際患者でテストされたことがありません。

そこで、今回ケンブリッジ大学の研究チームは、85人の女性被験者(拒食症患者22人、過食症患者33人、健康な対照群30人)と臨床医の協力の下、2日間の合宿実験を行ったのです。

割と過酷なストレス試験と豪華ビュッフェを使った実験

今回研究チームは行った実験は、拒食症、過食症、健康な人を含む85人の女性被験者を集めて実施されました。

その内容は、抑制や制御能力を診断するテスト、ストレスレベルを上げることを目的としたタスク、そして食べ放題のビュッフェの提供という内容です。

この実験中、被験者はMRIスキャナーで、脳活動を監視されています。

最初のタスクは、キーを押し画面上に映るバーを決められた位置で停止させてもらうというものです。

しかし、この試験の一部は、バーが停止位置より手前で勝手に止まってしまうパターンがあり、キーを押さないように注意する必要があります。

この試験の目的は、行動を抑制する際の脳活動をチェックすることです。

次のタスクは、被験者のストレスレベルを上げることが目的のもので、ランダムなタイミングで軽度の電気ショックを受けながら、暗算テストを受けてもらうというものです。

この実験では最初に研究者から「あまり回答のパフォーマンスが低いと実験データとして使えない」と警告を受けてます。

さらにミスが多いと「貴方のパフォーマンスは平均を下回っていますよ」などとプレッシャーをかけていきます。

その後また、バーを停止させるタスクを実行してもらいます。

6時間の絶食と共にすべてのタスクを終えると、研究者たちは、「好きなだけ食べていいですよ」と被験者に食べ放題のビュッフェを提供しました。

過食症の原因はストレスによる自制心の喪失ではなかった
(画像=食べ放題のビュッフェのイメージ。 / Credit:canva、『ナゾロジー』より 引用)

これは実験参加への感謝の意味もあったでしょうが、もちろん実験の一環です。

この一連のタスクは、2日にわたって実施されました。

ただし、暗算テストについては、どちらか1日はストレスをかけないニュートラルテストになっています。

電気ショックはほとんど行わず、プレッシャーもかけません。

これは被験者の半数が、1日目にストレスを与え、半数は2日目にストレスを与えるという方法で実施されました。

では、結果的にこの実験はどうなったのでしょうか?

食事量とストレスの関連を示す 意外な実験結果

過食症の原因はストレスによる自制心の喪失ではなかった
(画像=食べる、食べない、食べ過ぎる。その判断は考えられているよりもはるかに複雑な問題の可能性がある。 / Credit:canva、『ナゾロジー』より 引用)

実験の結果、バーを停止させるというメインタスクは、事前のストレスの有無に関わらず被験者のパフォーマンスが変化しませんでした。

ただ、拒食症の患者は、ストレス後にこのタスクを行う際、前頭前野の活動が低下しているのが確認されました。

これは拒食による栄養不足などが、余計な生理的ストレスを発生させたためではないかと考えられます。

一方、過食症の患者は、ストレス後は前頭前野の活動が逆に増加しました。しかし過食症患者は、一様にこのメインタスクのパフォーマンスが他の被験者たちより低いことが確認されました。

また、提供されたビュッフェの食事量は、1日目と2日目で、どちらの場合も拒食症、過食症の患者は食事量に変化がなく、健康な被験者たちより少なめでした。

これは非常に意外な結果です。

これまでの理論では、過食症の原因はストレスによる抑制能力の低下が原因であると言われていました。

しかし、実験の結果は、ストレスによる脳活動の変化を捉えていたにもかかわらず、食事量に影響を与えていなかったのです。

研究チームの1人、英国ケンブリッジ大学精神科のポール・フレッチャー教授は、今回の実験結果について、「ストレスと過食症の関係は、現在考えられているよりも非常に複雑である」と述べています。

過食症や拒食症は、極端な食事行動を取るだけの、単純な病気のように受けとられがちです。

しかしそれは、私たちの心理状態と、体の満腹や空腹、自己制御と意思決定など複雑なメカニズムが絡んだ難しい問題であることが明らかになりました。

研究者たちは、はるかに統合されたアプローチで研究を進めることで、こうした病気に苦しむ人々を救いたいと語っています。

参考文献
Stress does not lead to loss of self-control in eating disorders, study finds(University of Cambridge)

厚摂食障害:神経性食欲不振症と神経性過食症(生労働省のe-ヘルスネット)

元論文
Prefrontal responses during proactive and reactive inhibition are differentially impacted by stress in anorexia and bulimia nervosa

ライター:KAIN
大学では電気電子工学、大学院では知識科学を学ぶ。ナゾロジーでは趣味で宇宙関連の記事を書くことが多いです。そして特に求められていなくても、趣味でアラフォーに刺さるアニメ、ゲームネタを唐突にぶっこむことも。 科学が進歩するほど、専門分野は先鋭化し、自分と無関係な知識に触れる機会が減ります。しかし、自分には解決の糸口も見えない問題が、ある分野ではとうに解決済みの話かもしれません。問題を解決させるのはいつでも新しい知識とのふれあいです。先人の知恵、最新の発見、それが誰かの抱える問題解決の助けになるよう、現在は科学ライターとして活動中。

編集者:やまがしゅんいち
高等学校での理科教員を経て、現職に就く。ナゾロジーにて「身近な科学」をテーマにディレクションを行っています。アニメ・ゲームなどのインドア系と、登山・サイクリングなどのアウトドア系の趣味を両方嗜むお天気屋。乗り物やワクワクするガジェットも大好き。専門は化学。将来の夢はマッドサイエンティスト……?。

提供元・ナゾロジー

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