ネグレクト(育児放棄)は腸内細菌のせいかもしれません。

1月29日に『Science Advances』に掲載された論文によると、腸内細菌「O16」が母親マウスのネグレクトを誘発すると判明しました。

腸による脳の支配は、親子の「絆」にまでおよんでいたのでしょうか?

目次

特定の腸内細菌が異常を引き起こす
「O16」への感染は深刻なネグレクトを誘発していた
ネグレクト誘発菌「O16」は人間の腸にも存在する

特定の腸内細菌が異常を引き起こす

ネグレクトを発症させる腸内細菌を発見 育児放棄はおなかのせいかもしれない
(画像=大腸菌「O16」に感染した母親から生まれた赤ちゃんマウスは異常に痩せていた / Credit:Science Advances、『ナゾロジー』より 引用)

近年になって腸内細菌が、わたしたちの脳(精神)に深くかかわっていることが明らかになってきました。

精神的な影響が腸にあらわれるように、腸内環境もまた脳に影響を与えていたのです。

しかし既存の研究は腸内環境全体を対象としており、特定の菌種がどのように精神に影響しているかは、あまり詳しく調べられていませんでした。

そこでアメリカ・ソーク研究所の研究者たちは、数多くの腸内細菌の中から1種類ずつをマウスに感染させ、経過を観察するという、非常に地道で時間がかかる実験に取り組んできました。

結果今回、大腸菌「O16」(O16:H48 MG1655O16)を与えたマウスに奇妙な現象を発見しました。

O16に感染した母親から生まれた子どもが、異常なほど痩せていたのです。

そのため研究者ははじめ、O16が母乳の質に悪影響を与えていると考えました。

しかし母乳をいくら調べても、正常なマウスとの違いはみつかりません。

そこで研究者たちは感染した母親マウスの行動を、詳細に観察することにしました。

すると、意外な事実が判明します。

「O16」への感染は深刻なネグレクトを誘発していた

ネグレクトを発症させる腸内細菌を発見 育児放棄はおなかのせいかもしれない
(画像=赤ちゃんマウスが痩せていたのは、母親が大腸菌性のネグレクトを発症していたから / Credit:Science Advances、『ナゾロジー』より 引用)

研究者がO16に感染した母親マウスの行動を調べたところ、子どもに対する異様な冷酷さが明らかになりました。

通常の母親ならば赤ちゃんマウスに対して頻繁に母乳を与え、休みなく世話を行いますが、O16に感染した母マウスは基本的な世話を行わないばかりか、授乳すらいい加減でした。

そのため、赤ちゃんマウスの体重は、同時期(生後21日)の正常な赤ちゃんのマウスの半分の重さしかなく、深刻な栄養失調と発育障害に起こしていたのです。

この結果は、大腸菌「O16」が何らかの精神作用を母親マウスに与え、ネグレクトを発症させていたことを示します。

O16とネグレクトの関係を調べるために、研究者たちが最初に疑ったのはホルモン異常でした。

母と子の関係においてホルモンは非常に重要な役割を行っていることが知られており、中でもオキシトシンは「愛のホルモン」と呼ばれるほど母子間の決定的な役割をはたします。

オキシトシンにあふれているマウスは子どもを一生懸命に世話する一方で、オキシトシンの分泌に異常がある場合、今回の研究でみられたのと同様の赤ちゃんに対するネグレクトが発生することが知られていたからです。

しかし調査を行った結果、O16はオキシトシンの生産や分泌に悪影響を与えないことが示されました。

ただ代わりに、必須アミノ酸であるトリプトファンの吸収に影響があることが示されました。

トリプトファンは幸福や安らぎにかかわる脳内物質として知られるセロトニンの生産にとって必須です。

セロトニンの生産に異常がある場合、母親マウスの精神的健康が失われ、うつ常態を経て、ネグレクトにつながった可能性があります。

既存の研究では人間と同様に、マウスでも母親の精神的健康が損なわれると、育児に悪影響が出ることが知られていたのです。

ネグレクト誘発菌「O16」は人間の腸にも存在する

ネグレクトを発症させる腸内細菌を発見 育児放棄はおなかのせいかもしれない
(画像=大腸菌は腸内微生物の全体のなかで、わずか0.1%に過ぎないが多くの問題を引き起こす / Credit:wikipedia、『ナゾロジー』より 引用)

今回の研究により、腸内細菌が母子の「絆」に影響を与えることが示されました。

これまでの研究でさまざまな腸内細菌が精神に影響を与えることがわかってきましたが、母子の精神状態にかかわるという結果は今回がはじめてになります。

また興味深いことに、O16は人間の腸にも存在しています。

現在はまだ人間での有害性は報告されていないものの、研究者は今後、O16が精神に与える影響を人間でも調べていくとのこと。

もしかしたら腸内環境と精神は車軸についた両側の2輪のようなものなのかもしれません。

そうならば、今は気質や性格のせいにされている数々の問題行動も、腸内環境を変えれば治せるのかもしれませんね。

参考文献 Specific bacteria in the gut prompt mother mice to neglect their pups

元論文 Microbiota control of maternal behavior regulates early postnatal growth of offspring

提供元・ナゾロジー

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