現在、オーストラリアの在来種は捕食者たちによって絶滅の危機に瀕しています。
そこで再導入生物学の博士号をもつキャサリン・モズビー氏は、1997年に夫と生態系再生プロジェクト「Arid Recovery」を立ち上げました。
その中で彼女らは、「保護区域の中に捕食者のネコを放つ」という実験を行ない、在来種のサバイバル力を強化させようとしています。
目次
オーストラリア在来種の保護と本来の目的
ネコを放って被食者の「生き残る力」を向上させ、適応させる
オーストラリア在来種の保護と本来の目的
オーストラリアには600万もの野生のネコがおり、年間8億もの在来動物を殺していると言われています。
同じくイギリスから持ち込まれたキツネも在来種の脅威となっています。ただしキツネは毒餌を食べてくれるため、比較的駆除しやすいとのことです。
ネコやキツネの圧力があまりにも強いため、オーストラリアの哺乳類絶滅率は世界でも最高レベルになってしまいました。
そのため、多くの人々がこれまで在来種を保護しようとしてきました。
モズビー氏によると、「これまでの研究では、ネコをいかにうまく殺すかに重点が置かれてきました」とのこと。
確かに捕食者がいなくなれば、被食者である在来種は保護され、その数は増加するでしょう。
ところが、モズビー氏はこの方法に疑問を抱くようになりました。
「私たちが最終的に目指しているのは、捕食者と被食者が共存することです。オーストラリア全土のネコを駆除するつもりはありません」
通常、生態系は捕食者と被食者のバランスで成り立っています。
ところがオーストラリアでは捕食者だけが急激に増えてしまいました。
従来の方法は、増加する捕食者を間引いてバランスを保たせるというもの。
しかし捕食者の増加率が大きいため、そのバランスは人間の介入がなくなるとすぐに崩れてしまうのです。
そこでモズビー氏は別の方法を試すことにしました。被食者のサバイバル力を強化して、生態系のバランスを取り戻すのです。
ネコを放って被食者の「生き残る力」を向上させ、適応させる
現在、生態系再生プロジェクト「Arid Recovery」によって、オーストラリアの122平方キロメートルの土地が高さ1.8メートルのフェンスで囲まれており、ネコやキツネが入ってこれないようになっています。
この保護区域には2種類の在来種、ミミナガバンディクート(学名:Macrotis lagotis)とシロオビネズミカンガルー(学名:Bettongia lesueur)が生息。
モズビー氏はここ数年、この2種を実験対象とし、保護区域にあえてネコを放つことで圧力を増加させました。
捕食者から逃げなければ生き残れない環境にあえてすることで、動物たちを捕食者のいる環境に適応させようとしたのです。
ちなみに、放たれるネコの数は制限されており、圧力をかけつつも絶滅しないようになっています。
そして次に、過酷な環境で2年間生き残ったミミナガバンディクートのグループと、捕食者のいない保護区域で育ったナイーブなミミナガバンディクートのグループを、ネコの数が多い区域に放つことにしました。
40日後、後者のナイーブなミミナガバンディクートは4分の1しか生き残れませんでした。
しかし、前者の「捕食者にさらされてきた」ミミナガバンディクートは3分の2も生き残っていたとのこと。
ネコと共存してきたミミナガバンディクートは高いサバイバル能力を持っていたのです。
また同様に、18ヵ月間ネコにさらされたシロオビネズミカンガルーも、捕食者に対する警戒心が強くなっていました。
今回の実験では、捕食者にある程度さらされた被食者がサバイバル能力を向上させるというメカニズムが確認されました。
では、このメカニズムを実際に絶滅危惧種の保護に役立てるには、どれくらいの期間が必要なのでしょうか?
モズビー氏は次のように述べています。
「人は私に、『これは100年かかるかもしれない』と言います。確かに、そうかもしれません。だからといって、やる価値がないわけではありません」
彼女が目指しているように、絶滅危惧種を本当の意味で助けるのは、長期間かかっても厳しい環境に適応できるようサポートすることなのかもしれませんね。
参考文献
The scientists releasing cats in Australia
提供元・ナゾロジー
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