誰にでも仕事の予定を入れたくはない日というのがあると思います。

それは命に関わる仕事をする外科医でも同様です。しかし、そんなとき緊急オペが入ってしまった外科医は、本当に手術に集中できるのでしょうか?

12月10日にイギリスの国際学術誌「BMJ」のクリスマス特集号にオンライン掲載された研究によると、外科医の誕生日に手術を受けた高齢者の死亡率が、他の日に手術を受けた患者の死亡率と比べて、なんと23%も高くなると報告されています。

研究者は、この事実について医者が他の日に比べ気が散っているためではないかと疑っています。

目次
高齢者の手術後の死亡率と外科医の誕生日
無理に詰め込んでもいい仕事はできない

高齢者の手術後の死亡率と外科医の誕生日

外科医の誕生日の手術は死亡率が23%上昇する!? プライベートはやはり大切
(画像=Credit:canva、『ナゾロジー』より引用)

この研究の筆頭著者はカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)医学部で助教授を務める、津川友介博士です。

コロナの蔓延によって、医療従事者の苦労がメディアでも特集されるようになりました。

命に直接関わる仕事に従事しているとはいえ、医療従事者も同じ人間です。疲れもすれば、仕事を入れたくないタイミングも当然あるでしょう。

他にも外科医ならば、手術中の医療機器のトラブルや、着信音、手術とは関係ない会話など、手術中に外科医の集中を妨げる事象は数多く存在すると考えられます。

今回の研究チームは、そんな作業環境が外科医のパフォーマンスにどのように影響するかを長年疑問視してきたといいます。

しかし、これを明示するデータ収集は困難を極めます。そこで研究者が着目したのが外科医の誕生日だったのです。

医者が主人公のドラマで、家族や恋人と大切な約束のある日に緊急オペが入る、なんて場面は定番かもしれません。

そんなシーンを思い浮かべれば理解できることですが、誕生日のような重要なイベント日は外科医も注意散漫になり、手術を早く終えようと急ぐことでパフォーマンスが低下するかもしれません。

外科医の誕生日の手術は死亡率が23%上昇する!? プライベートはやはり大切
(画像=仕事を入れたくない重要な日は誰にでもある。 / Credit:canva、『ナゾロジー』より引用)

こうした仮説のもと、研究は外科医の誕生日と患者の30日死亡率の関係を検証したのです。

研究では、2011年から2014年の間に、17の外科手術のいずれかを受けた65歳以上(99歳以下)の高齢者、約98万人を対象に大規模な調査を行いました。

対象の手術を担当した外科医は約4万8千人で、同一の医者が担当している患者も多く含まれています。

この内、2064回の手術(全体の0.2%)が外科医の誕生日に実行されていました。

その結果、外科医の誕生日以外に手術を受けた患者の死亡率は5.6%であったのに対して、誕生日に手術を受けた患者の死亡率は6.9%だったのです。

つまり外科医の誕生日に手術を受けた患者とそうでない患者、2つのグループ間の死亡率の違いは23%もあったということを示しています。

これは看過できない優位な差といっていいでしょう。

無理に詰め込んでもいい仕事はできない

外科医の誕生日の手術は死亡率が23%上昇する!? プライベートはやはり大切
(画像=手術に望む外科医。 / Credit:canva、『ナゾロジー』より引用)

こうした問題に着目した研究というものは前例がありません。

かなり衝撃的な事実のため、本当に誕生日だけを要因として考えていいのか? と示された結果に疑問を抱く人も多いでしょう。

研究者自身も、この研究について「不完全なエビデンス(科学的根拠)であり、この結果を説明するためにはより多くの研究が必要になるだろう」、と控えめな表現を行っています。

しかし、実際このデータ解析は経済学者の力も借りて、かなり慎重に行われています。

患者の年齢、性別、人種、併存疾患、予測死亡率、また患者の重症度の差なども考慮して、手術が外科医の誕生日か、それ以外の日か、という要因以外はほぼ取り除かれています。

かなり信頼性は高い結果と考えることができるでしょう。

外科医の誕生日と患者の死亡率に因果関係があるとは言いませんが、データには明らかな相関が見られるのです。

注意しなければならないのは、これが誕生日に手術すると医療事故が起きるとか、そういうことを指摘しているものではないということです。

手術中でなければ気づけないような問題はいろいろと存在します。

術後の管理やケアも、執刀を担当した主治医の仕事であり、それが患者の予後に影響している可能性があるのです。

なお、この研究はアメリカで行われたもので、ほぼすべての人がメディケアに加入している高齢者を対象に行われています。

日本で調査した場合や、若者を対象にした場合では結果が異なる可能性がある点を研究者は強調しています。

なんにせよ、この研究が言いたいことは、外科医の手術にあたる際の状況が、患者の生命に影響するかもしれないということです。

「命に関わる仕事をしているのだから、プライベートより仕事を優先しろよ」なんて意見を気軽に口にする人もいるでしょうが、果たして医者のプライベートを無視して仕事を詰め込んで、高品質の医療は維持できるのでしょうか?

この研究結果は、そうした問題に対してもう少し考え直す必要性を提示しているのです。

コロナの影響で、医療従事者の負担が増していることが問題視されていますが、この結果はそのことについても、改めて考えさせてくれます。

外科医の誕生日の手術は死亡率が23%上昇する!? プライベートはやはり大切
(画像=プライベートな楽しみが頭にあるとき、無理に仕事をして集中できるでしょうか? / Credit:canva、『ナゾロジー』より引用)

けれど、こうした問題は医療者だけに限ったものではありません。

手術以外でも専門性が高く替えが効かないため、担当者のプライベートを無視して仕事を詰め込んでしまう現場は数多くあるでしょう。

今回の研究は、そうした現場でも仕事のパフォーマンスが大きく低下する可能性を示しているように思えます。

命に関わるとわかっている現場でさえ、プライベートな予定が頭をよぎって仕事に集中できないのだとすると、果たして仕事優先の考え方が、本当に社会のためになっているのか考えさせられてしまいます。


参考文献

医療政策学×医療経済学


提供元・ナゾロジー

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