うんちでがんが治るようです。

2月5日に『Science』に掲載された論文によると、がんの免疫治療が成功しなかった患者たちに、成功した人の「うんち」を移植すると、劇的な回復効果がみられたとのこと。

しかし、いったいどうして「うんち」移植でがんが治ったのでしょうか?

目次
糞便移植で「がん」を治療する
免疫療法の限界を糞便移植で突破する
腸内細菌に対する抗体に、がん細胞を攻撃する効果があった
細菌種と有効成分を特定する

糞便移植で「がん」を治療する

うんち移植で「がん」を治療することに成功 糞便が薬になる時代の到来か
(画像=明の皇帝に糞尿スープを進めたのは東洋医学のスター、李時珍だった。上の図は李時珍が書いた本草網目で東洋医学のバイブルであった / Credit:wikipedia、『ナゾロジー』より引用)

かつて人類は人や動物の糞便を薬として利用していました。

紀元前1000年ごろのインドの医者たちは、胃腸薬としてウシの糞便が有効だと考えていたそうです。

また西暦300年代に作成された中国の医学書には、糞便を食べると食中毒や下痢を治せると記述されています。

さらに1500年代の明の皇帝は、腹痛を治すため、最高の料理人たちに糞尿を材料にしたゴールデンスープを作らせ、食したと記録されています。

このように、糞便は人類の歴史において、長い間、薬とされてきました。

しかし西洋医学の普及ににともない、糞便を食す治療法は「野蛮」「未開」「迷信」とされ、歴史の陰に消えていくかに思えました。

ですが、近年になって、糞便の効果が見直されるようなってきます。

健康な人の腸から取り出した糞便を患者に移植することで、さまざまな病気に対して効果があることがわかってきたからです。

そこでアメリカ、ピッツバーグ大学の研究者たちは、糞便移植の有効性をがん治療で確かめることにしました。

がん治療の対象としたのは「恐ろしいがん」として知られる黒色腫です。

免疫療法の限界を糞便移植で突破する

うんち移植で「がん」を治療することに成功 糞便が薬になる時代の到来か
(画像=黒色腫は別名ほくろのがんとも言われている。非常に危険ながんである / Credit:wikipedia、『ナゾロジー』より引用)

黒色腫(メラノーマ)は恐ろしいがんです。

黒色腫(メラノーマ)は極めて進行速度が速く、あっという間に全身に転移して患者の命を奪ってしまうことが知られています。

一方、近年の医学の進歩によって、人間に備わる免疫の力を利用する免疫療法が実現しました。

うんち移植で「がん」を治療することに成功 糞便が薬になる時代の到来か
(画像=免疫療法が正しく効果を発揮できると、免疫細胞ががん細胞を攻撃できるようになる。しかし一部の患者ではこの仕組みが発動しない / Credit:immunooncology、『ナゾロジー』より引用)

免疫療法では特別な抗体分子(抗PD-1抗体・抗PD-L1抗体)を投与することで免疫力をブーストし、免疫の力で、がん細胞を殺せるようになります。

免疫療法は私たちの自然な免疫力を利用する治療法であり、古い抗がん剤にくらべて高い効果と安全性をもっています。

しかし残念ながら、免疫療法は全ての患者に対して効くわけではありません。

一定数の患者たちは、免疫療法をおこなっても免疫たちが、がん細胞を攻撃してくれなかったのです。

血液成分の分析をはじめ、原因を探るためにさまざまな試みが行われてきましたが、原因は不明のままでした。

そこで研究者たちは実験的な手法として「糞便移植」を行うことにしました。

効果の差が患者個人の遺伝的な違いのせいではなく「腸内細菌の違い」にあると考えたからです。

そのため免疫療法で効果があった患者から糞便を取り出し、効果がなかった患者の腸内に移植しました。

すると、驚きの結果が待っていたのです。

糞便移植を受けた患者の40%で免疫療法が効くように変化し、さらに最も効果があった患者では、がんの縮小が進んで検出できなくなっていたのです。

腸内細菌に対する抗体に、がん細胞を攻撃する効果があった

うんち移植で「がん」を治療することに成功 糞便が薬になる時代の到来か
(画像=他人の糞便を移植することで新たな細菌に対する抗体がつくられる。その中にはがん細胞に効果があるものがある / Credit:Canva、『ナゾロジー』より引用)

原因を解明するために、研究者たちは改善がみられた患者の糞便と血液を採取して分析しました。

すると、改善が起きた患者の血中には、新たな抗体が存在するとわかりました。

この新たな抗体は、移植された糞便に存在する細菌に対して、患者の体の免疫システムが働いて、作られたものでした。

この結果は、特定の種類の腸内細菌のために作られた抗体が、がん細胞に対する攻撃に転用されていることを示します。

また患者の体にとって「新参者」の腸内細菌が増えれば増えるほど、T細胞(がんを殺す細胞)の活性化が進み、免疫の足を引っ張る物質(インターロイキン‐8)が減少していることが示さたのです。

しかし、いったいどうして糞便の移植で、ここまで劇的な変化が起きたのでしょうか?

細菌種と有効成分を特定する

うんち移植で「がん」を治療することに成功 糞便が薬になる時代の到来か
(画像=乾燥した糞便をカプセルに入れる原始的な方法 / Credit:Canva、『ナゾロジー』より引用)

今回の研究により、がんに対して糞便移植が効果的であることが示されました。

免疫療法と糞便移植をあわせることで、より多くの患者の命を救うことが可能になるかもしれません。

また研究成果は免疫療法において、特定種類の細菌に対する抗体が、がん細胞の攻撃にも使えることが示されました。

研究者たちは今後、これら有用な細菌の特定を進めていくとのこと。

そして将来的には細菌や、細菌から抽出した有効成分を詰めたカプセルの経口摂取を計画しています。

腸内細菌の新たに発見されたパワーには、今後も注目が集まります。
参考文献
Fecal microbiota transplants help patients with advanced melanoma respond to immunotherapy
元論文
Fecal microbiota transplant overcomes resistance to anti–PD-1 therapy in melanoma patients

提供元・ナゾロジー

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