肥満の解消は、多くの健康問題を改善させる重要な要因となりますが、自己の努力だけではなかなか思うように行かないのが現実です。

2月10日に科学雑誌『New England Journal of Medicine』で発表された新しい研究は、肥満治療の新薬が服用者の35%で総体重の20%以上を減量することに成功したと報告しています。

この薬の効果は、脳内の食欲調節システムに作用して、過度な空腹感やカロリー摂取量を抑制することで実現したといいます。

薬で手軽に痩せることのできる日が、近づいているのでしょうか?

目次

努力だけでは解決できない肥満問題

体重を20%近く減らせる驚異の「肥満治療薬」が登場
(画像=太り過ぎの場合、個人の努力だけで解消するのは難しいケースも存在する。 / Credit:canva、『ナゾロジー』より 引用)

適度に運動をしているのに、なかなか肥満が解消されないという人は多いでしょう。

特に太りやすい人は、食べても食べても満腹感が得られず、1回の食事量が非常に多かったり、間食を繰り返してしまうという問題がよく見られます。

肥満の原因は、1つにこの過度な食欲であると考えられています。

異常に太ってしまう人は遺伝的な要因や、脳内の食欲調節機能に問題がある可能性があり、個人の意志だけでこれを解消することはかなり難しい場合があるのです。

そこで今回着目されたのが「セマグルチド(Semaglutide)」という薬です。

セマグルチドは食後に腸から血中に放出されるGLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)というホルモンと、構造的に類似した化合物を持つ薬です。

このGLP-1は、食後の空腹感を減らして、満腹感を高め、人のカロリー摂取量を調整する役割を持っています。

そこで今回の研究は、セマグルチドを使って脳内の食欲調整システムを乗っ取ることで、過度な空腹感やカロリー摂取量を減らそうと考えたのです。

薬を使った目覚ましい肥満の解消

体重を20%近く減らせる驚異の「肥満治療薬」が登場
(画像=満腹のサインにはGLP-1が関連している。 / Credit:canva、『ナゾロジー』より 引用)

今回論文で報告された実験は、治験の第III相試験(フェーズ III)ランダム化比較試験であり、これは新薬を承認する際の最終試験に当たるものです。

実験は、アジア、ヨーロッパ、アメリカなどの16カ国129カ所で、太り過ぎまたは肥満(平均体重105kg、BMI38以上)の成人1,961人を対象に実施されました。

この結果は目覚ましいものがあり、セマグルチド2.4mgを投与された人の、4分の3(75%)が体重の10%以上を減量でき、さらに3分の1(35%)の人は20%以上の減量に成功したのです。

「これは本当に画期的なことです。初めて、減量手術でしか不可能だったことが薬によって達成できるようになりました」

研究チームの1人、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)のレイチェル・バターハム教授はそのように研究成果について述べています。

教授によると、肥満はウイルス死亡のリスクを著しく高めるもので、COVID-19の重篤疾患リスクにも影響するといいます。また2型糖尿病、肝疾患、および特定の種類の癌など、多くの健康問題に影響しています。

「この薬は、今後のイギリス政府が行う健康政策にも大きく影響するでしょう」と教授は付け加えています。

今回の実験は、2018年秋から68週間をかけて実施されました。

その際、参加者には4週間ごとに栄養士との個別カウンセリングを設け、低カロリーダイエットと運動を遵守してもらい、そのための戦略や動機づけをきちんと提供していました。

それにも関わらず、セマグルチドを服用した人の平均体重は15.3kg、BMIは5.54も減少したのに対して、プラセボ群(実際は薬を投与されていなかった人のグループ)は、平均2.6kgの体重減少、BMIは0.92の減少に留まりました。

これは個人の意志や努力だけでは、なかなか解消できない肥満問題を、セマグルチドが解決しているように見えます。

体重を20%近く減らせる驚異の「肥満治療薬」が登場
(画像=満腹感の調節が、今後の肥満治療の鍵を握る。 / Credit:canva、『ナゾロジー』より 引用)

また、セマグルチドを服用した人は、胸囲、血中脂肪、血糖値、血圧など、心臓病や糖尿病の危険因子となる値の減少も確認され、全体的な生活の質の改善が報告されたといいます。

また満腹感に関連したGLP-1は、インスリンの分泌にも関連していることが知られていて、実はセマグルチドは2型糖尿病の患者に使用することは臨床的に承認されています。

では、すぐに一般でも利用できるようになるのかと期待してしまいますが、糖尿病治療で使用する場合セマグルチドは1mgという低用量で処方されます。

今回の研究では、セマグルチドを2.4mgという高い用量で使用しており、肥満解消の効果は十分に認められましたが、その安全性には問題を残しています。

試験中も、参加者の一部に中等度の悪心や下痢などの副作用が報告されていて、試験を中断したケースが含まれています。

現在は試験結果をもとに認可申請中とのことですが、薬で痩せるという方法は、まだ気軽に試せるものではなさそうです。

参考文献
‘Gamechanger’ drug for treating obesity cuts body weight by 20%

元論文
Once-Weekly Semaglutide in Adults with Overweight or Obesity

ライター:KAIN
大学では電気電子工学、大学院では知識科学を学ぶ。ナゾロジーでは趣味で宇宙関連の記事を書くことが多いです。そして特に求められていなくても、趣味でアラフォーに刺さるアニメ、ゲームネタを唐突にぶっこむことも。 科学が進歩するほど、専門分野は先鋭化し、自分と無関係な知識に触れる機会が減ります。しかし、自分には解決の糸口も見えない問題が、ある分野ではとうに解決済みの話かもしれません。問題を解決させるのはいつでも新しい知識とのふれあいです。先人の知恵、最新の発見、それが誰かの抱える問題解決の助けになるよう、現在は科学ライターとして活動中。

編集者:やまがしゅんいち
高等学校での理科教員を経て、現職に就く。ナゾロジーにて「身近な科学」をテーマにディレクションを行っています。アニメ・ゲームなどのインドア系と、登山・サイクリングなどのアウトドア系の趣味を両方嗜むお天気屋。乗り物やワクワクするガジェットも大好き。専門は化学。将来の夢はマッドサイエンティスト……?。

提供元・ナゾロジー

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