お酒を飲むと、アルコールは肝臓で分解され、そこで生成された「代謝物」が血流で脳へ運ばれ、酔いの症状が発生します。

これまで、酔っ払うという状態はそのように説明されていました。

しかし、3月22日にオープンアクセスジャーナル『Nature Metabolism』で発表された新しい研究は、マウスを使った調査から、アルコールが肝臓だけでなく脳でも直接代謝されている証拠を発見したと報告しています。

アルコールの代謝は、肝臓だけの仕事ではなかったのかもしれません。

目次

お酒で酔っ払う原因

お酒は肝臓だけでなく「脳」でも直接代謝されていた
(画像=酔っ払う原因は、アルコールの代謝物である酢酸塩が脳の伝達物質を阻害するため。 / Credit:canva、『ナゾロジー』より 引用)

人は酔っ払うと、運動能力の低下や、判断力の喪失、集中力の低下などの悪影響を受けます。

この原因は、アルコール(正確にはエタノールですが本記事ではアルコールで統一します)の代謝中に生成される代謝物によって引き起こされると考えられています。

人がアルコール類を飲むと、肝臓で代謝が行われ、まずアセトアルデヒドに分解(酸化)されます。

しかし、アセトアルデヒドは人体にとって有毒なため、次にこれは無毒な酢酸に酸化されます。

このプロセスの中で、アセトアルデヒドを酢酸に変換している酵素がALDH2(2型アルデヒド脱水素酵素)です。

この酵素をコードする遺伝子は、人によって異なっていることがわかっています。

遺伝的に体内のALDH2が少ないと、アセトアルデヒドを分解することができず、「フラッシング反応」が発生します。

フラッシング反応とは、いわゆる悪酔いした状態のことで顔面の紅潮、吐き気、目まいや動悸などが主な症状です。

お酒は肝臓だけでなく「脳」でも直接代謝されていた
(画像=フラッシング反応の1つである顔面の紅潮を示した例。 / Credit:Wikipedia、『ナゾロジー』より 引用)

実は、日本人を含めた東アジアの人は、ALDH2の働きが弱い人が多いとわかっています。

こうした人たちは、アセトアルデヒドを処理できないため、少量のお酒でもひどい酔い方をしてしまいます。

ネットでは飲み会などを嫌う人が多く見られますが、人間関係が煩わしいという他に、そもそも日本人はお酒をほとんど飲めない人が多いのです。

お酒は肝臓だけでなく「脳」でも直接代謝されていた
(画像=各国のALDH2遺伝子変異の割合。円グラフの緑はALDH2の働きが弱い人の割合を示す。日本は半数近い人がお酒に弱い。 / Credit:Wikipedia、『ナゾロジー』より 引用)

これまでの理解では、このようなアルコール代謝のほとんどは肝臓でおこなわれていると考えられてきました。

ここまでの説明からもわかるように、飲酒による吐き気、めまいなどの気持ちの悪い症状はアセトアルデヒドの毒性によるものです。

酔っ払って運動能力が低下したり、判断力が低下するなど、なんだかクラクラして気持ちのいい状態は、ALDH2がアセトアルデヒドを分解(酸化)して生成した酢酸が、血流によって脳へ運ばれることで起きると考えられていたのです。

酢酸は血液脳関門を突破して、脳の神経伝達に影響を与えます。

しかし、今回の研究によると、酢酸の出どころは肝臓ではないといいます。

実はアセトアルデヒドを分解し酢酸に変化させる代謝は、脳の中で直接おこなわれているかもしれないのです。

脳内のアルコール代謝

今回の研究チームは、3つの人間の脳サンプル、11匹のマウスを使ってALDH2が発現している場所を調査しました。

するとALDH2は、小脳のアストロサイトと呼ばれる細胞でも発現していることがわかったのです。

お酒は肝臓だけでなく「脳」でも直接代謝されていた
(画像=アルコールが影響している小脳の位置。 / Credit:canva、『ナゾロジー』より 引用)

小脳はアルコール運動障害に関与する主要な脳領域であることがわかっています。

これまでは、肝臓でアセトアルデヒドが分解されたあと、酢酸が脳に運ばれることで影響を受けるのだと考えられていました。

しかし、今回の研究では、マウスの脳からALDH2を除去した状態で、アルコール摂取をさせると、運動障害が起こらないことを発見したのです。

また、マウスの肝臓からALDH2を除去しても、脳内の酢酸レベルが変化しないことも確認されました。

つまり飲酒によって引き起こされる運動障害の原因物質である「酢酸」は、肝臓ではなく、脳内で直接生成されていた可能性が高いのです。

この場合、アルコール代謝は肝臓だけでなく、脳自体もおこなっていると考えることができます。

この事実は、アルコール依存症などの治療に新しい方法を提供する可能性があるとして期待されています。

ただ、現在はマウス実験によるものなので、人間に適用した場合も、同様の反応が見られるかどうかは、慎重に研究を進めていく必要があるようです。

人類が最初にアルコールを飲んだのは8000年以上前だと言われていますが、それが体に起こす作用について、未だに新しい発見があるというのは、なんとも興味深い話です。

参考文献
Our Brains Could Be Directly Involved in Processing Alcohol, Mouse Study Hints(sciencealert)

元論文
Brain ethanol metabolism by astrocytic ALDH2 drives the behavioural effects of ethanol intoxication

ライター:KAIN
大学では電気電子工学、大学院では知識科学を学ぶ。ナゾロジーでは趣味で宇宙関連の記事を書くことが多いです。そして特に求められていなくても、趣味でアラフォーに刺さるアニメ、ゲームネタを唐突にぶっこむことも。 科学が進歩するほど、専門分野は先鋭化し、自分と無関係な知識に触れる機会が減ります。しかし、自分には解決の糸口も見えない問題が、ある分野ではとうに解決済みの話かもしれません。問題を解決させるのはいつでも新しい知識とのふれあいです。先人の知恵、最新の発見、それが誰かの抱える問題解決の助けになるよう、現在は科学ライターとして活動中。

編集者:やまがしゅんいち
高等学校での理科教員を経て、現職に就く。ナゾロジーにて「身近な科学」をテーマにディレクションを行っています。アニメ・ゲームなどのインドア系と、登山・サイクリングなどのアウトドア系の趣味を両方嗜むお天気屋。乗り物やワクワクするガジェットも大好き。専門は化学。将来の夢はマッドサイエンティスト……?。

提供元・ナゾロジー

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