目次
視覚の低下は網膜細胞のエネルギー不足が原因だった
可視光で眼の細胞を充電する
市販のLEDを赤い光にセット
高齢者向けの安全な視覚回復法の誕生
point
・老化による視力の低下はミトコンドリアの能力減退による網膜細胞のエネルギー不足が原因
・ミトコンドリアには可視光の赤(650~1000nm)を吸収する性質がある
・ワイヤレス式充電器の原理を使って目のミトコンドリアに可視光を浴びせて充電すると視力が回復した
人間の網膜の感度は40才を超えたあたりから大きく低下しすることが知られています。
網膜感度の低下による視覚の低下は細胞自身の老化によるものであり、レンズのピント調節とは違って目薬をさしても治りません。
ですが今回、ロンドン大学の研究者による実験の結果、毎日3分、LEDの赤い光を見るだけで、年齢による網膜由来の視覚低下を大きく改善できることが判明しました。
基本原理は、電磁波式の充電器を模した「可視光によるミトコンドリアの充電」です。
赤い光によってどのように視力が回復するのでしょうか。
視覚の低下は網膜細胞のエネルギー不足が原因だった
年齢による視覚の低下は、主に網膜の細胞に存在するミトコンドリアの性能低下によって引き起こされます。
ミトコンドリアは細胞の酸素呼吸が行われる「発電所」とも言うべき存在であり、高いエネルギー需要がある網膜には特に多く存在します。
しかし活発なエネルギー生産の代償として、網膜は他の臓器よりも早く老化することが知られており、エネルギー生産も老化によって70%減少してしまいます。
結果として、エネルギー不足に陥った視覚細胞は、正常な視覚情報の「感受・増幅・伝達」ができなくなり、視力が低下してしまうことが知られていました。
そこでイギリス、ロンドン大学のシンマー氏は、このミトコンドリアのエネルギー不足をなんとか補う方法がないかと考え、ある結論に至ります。
可視光で眼の細胞を充電する
鍵となったのは、近年復旧し始めた、電磁波式のワイヤレス充電です。
電磁波式の充電器は、充電器から発した電磁波を、本体のアンテナで吸収し、電力に変換する方式をとります。
一方、興味深いことに、ミトコンドリアは波長650~1000nmの電磁波を吸収することが知られていました。
波長650~1000nmの電磁波は可視光に分類された「赤い光」に該当する部分です。
そのためシンマー氏は、赤い光を使ってミトコンドリア内部の分子を「充電」することができないか? と考えました。
しかし、どうやって赤い光を網膜に届けるのかという問題が発生したのです。
市販のLEDを赤い光にセット
シンマー氏が考えた方法は極めてシンプルでした。
市販のLEDを赤色にセットし、目に向けて照射したのです。
市販のLEDの赤は波長660nm前後を多く照射するため、赤い光の光源として最適だったのです。
実験は最初に動物(マウス・マルハナバチ・ショウジョウバエ)に対して行われ、続いて28才から72才の人間のボランティアに対して行われました。
結果、赤い光は動物の視覚を改善したほか、40才以上の人間のコントラスト感度(錐体細胞の色を検出する機能)と、暗い場所での光の感度(桿体細胞の機能)を大きく改善することがわかりました。
この結果は、赤い光のエネルギーがミトコンドリアに吸収され(一種の電磁波による充電が行われ)、内部の分子が活性化することで、最終的に視覚を維持するエネルギー(ATP)に変換されたことを示唆します。
高齢者向けの安全な視覚回復法の誕生
今回の研究により、可視光による網膜細胞の再充電によって、視力を大幅に改善する道が開けました。
研究チームを率いたジョフリー教授は、この方法(LEDを赤い光にセットして一日、3分照射する)は非常にシンプルで安全であると述べており、今後幅広い治療に適応されると考えられます。
ただ、市販のLEDの中には非常に強力なものも販売されているために、素人判断で安易に目に光をあてるのは、しばらく控えたほうがいいかもしれません。
研究内容はイギリス、ロンドン大学のハープリート・シンマー氏らによってまとめられ、6月29日に学術雑誌「The Journals of Gerontology:Series A」に掲載されました。
Optically improved mitochondrial function redeems aged human visual decline
提供元・ナゾロジー
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