3月17日の水曜日は、生物学にとって記念すべき日になるでしょう。

同日、自然科学分野において最も権威ある科学雑誌『Nature』に掲載された論文によれば、マウスの受精卵を人工子宮を使って胎児にまで成長させることに初めて成功したとのこと。

SFや漫画では胎児が試験管内で製造されている場面がよく見られますが、現実世界で同じシーンを実現させたのは、今回の研究がはじめてになります。

人工子宮でマウスの受精卵を「胎児」まで成長させることに成功
(画像=左が培養胎児、右が通常の胎児。両方の胎児には大きな違いは存在しない / Credit:Nature、『ナゾロジー』より引用)

今回の技術が人にも応用可能になった場合、人工子宮で受精卵を培養して赤ちゃんを生産することが許されるのかどうかという倫理的な問題も発生します。

社会に大きな影響を与えるであろう胎児の培養技術とは、いったいどんなものなのでしょうか?

目次
人工子宮で受精卵を胎児にまで成長させることに初成功!
人工子宮に高圧酸素を注入する
精子も卵子も受精卵も子宮もいらない

人工子宮で受精卵を胎児にまで成長させることに初成功!

人工子宮でマウスの受精卵を「胎児」まで成長させることに成功
(画像=培養カプセルの中で培養中の胎児。心臓が動いているのがみえる / Credit:Nature、『ナゾロジー』より引用)

これまで、哺乳類の胚を子宮の外で成長させる人工子宮技術の開発が多数おこなわれてきましたが、そのほとんどが失敗に終わりました。

卵の中で成長が完結する魚やカエルとは異なり、哺乳類の胎児が成長するには「へそのお」を通して外部から大量の栄養と酸素を供給する必要があるからです。

中でも特に酸素は大きな問題でした。

盛んに細胞分裂をおこないながら大きくなっていく胚は、大量の酸素を必要としていましたが「へそのお」が切断されている状況では酸素を胚に届ける手段がありません。

そのため既存の研究では、胚は大きくなる前に窒息死せざるを得ませんでした。

人工子宮でマウスの受精卵を「胎児」まで成長させることに成功
(画像=これまでの人工子宮技術では、胎児の段階にまで成長させられなかった / Credit:Nature、『ナゾロジー』より引用)

しかしイスラエル、ワイツマン科学研究所のカレストレジョン氏をはじめとした研究チームは、機材さえあれば誰でも実行可能な、ちょっとした工夫で、この酸欠問題を解決します。

結果、上の図のように「へそのお」が切断されているマウス胚を培養液の中で胎児の段階にまで成長させることに成功しました。

いったいどんな手法で、研究チームは酸素供給を成功させたのでしょうか?

人工子宮に高圧酸素を注入する

人工子宮でマウスの受精卵を「胎児」まで成長させることに成功
(画像=高圧酸素が注入された複数の培養カプセルがかくはんされている / Credit:Nature、『ナゾロジー』より引用)

子宮外の胚にどのように酸素を提供するか?

鍵となったのは高圧酸素でした。

「へそのお」を通して酸素を届けられないのならば、培養液の酸素圧を増加させ内部に酸素を押し込む、という手法です。

また研究チームは同時に酸素や栄養素を効率よく胚に送り込むため、人工子宮カプセルをかくはん機で常に動かすと良いことを発見し、上の動画のような最適な速度で動くカプセルかくはん装置を開発しました。

すると胚は順調に成長して胎児の形を形成し、脳や心臓をはじめとした各種の臓器を作り始め、最終的には妊娠中期(11日齢)の段階に到達しました(マウスの妊娠期間は20日)。

人工子宮でマウスの受精卵を「胎児」まで成長させることに成功
(画像=培養胎児は肉眼でも確認できる大きさである。心臓が動いているのもみえる / Credit:Nature、『ナゾロジー』より引用)

またニューヨーク・タイムズ紙のインタビューによると、追加でおこなわれた実験では、同じ手法を用いることで子宮から取り出した胚からではなく、受精直後の受精卵から培養をはじめることで「子宮を一切使わず」胎児段階まで到達できたと報告されています。

またこれら培養された胎児の外見および遺伝子の働きは、自然な子宮で育った胎児とほとんど同じことも確認されています。

この結果は、条件さえ整えば哺乳類は子宮を必要とせずに胎児を作れることを示します。

精子も卵子も受精卵も子宮もいらない

人工子宮でマウスの受精卵を「胎児」まで成長させることに成功
(画像=培養胎児は妊娠の中期まで成長を続けることができた。しかしそれ以上大きくなるにはさらに別の酸素供給方法が必要になる / Credit:Nature、『ナゾロジー』より引用)

今回の研究で、哺乳類の受精卵を人工的な子宮で胎児段階まで成長させられることがわかりました。

しかし研究チームはさらに進んだ実験の計画を立てているようです。

人工子宮でマウスの受精卵を「胎児」まで成長させることに成功
(画像=iPS細胞の万能性を利用して疑似的な受精卵を作り、疑似ヒト胚(ガストロイド)へと成長させられる / Credit:Nature、『ナゾロジー』より引用)

現在、iPS細胞(万能細胞)の万能性を極限まで発揮させることで、疑似的な受精卵を作成し、成長させることが可能になっています。

これら疑似的な受精卵は、皮膚や粘膜の細胞をリプログラムしたiPS細胞を元にしており、精子や卵子を必要とせず、成長して疑似ヒト胚を形成します。

人工子宮でマウスの受精卵を「胎児」まで成長させることに成功
(画像=ガストロイドは人間の胚の代用品として実験に使うことが可能 / Credit:Nature、『ナゾロジー』より引用)

この疑似的な受精卵から作られた疑似ヒト胚はガストロイドと呼ばれており、14日を超えて培養することが禁じられている受精卵の代用品として、現在盛んに実験に用いられています。

研究チームは今後、開発された人工子宮技術とガストロイドの技術を組み合わせて開発を進めることで、将来的には精子も卵子も受精卵も子宮も必要としない哺乳類を誕生させられると考えています。

もしこの技術を人間に応用すれば、たった1つの皮膚細胞から無限に人間を生産することが可能になるでしょう。

精子も卵子も受精卵も子宮もいらない存在が誕生する前に、私たちは生命倫理の再定義をしなければならないかもしれません。

【編集注 2021.03.23 14:45】
記事内容に一部誤りがあったため、修正して再送しております。


参考文献

The method is set to reveal the hidden first stages of embryonic development – from a tiny ball of cells to organ growth

Scientists Grow Mouse Embryos in a Mechanical Womb

元論文

Ex utero mouse embryogenesis from pre-gastrulation to late organogenesis


提供元・ナゾロジー

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