日本人は「欧米に学べ」と言い続けてきた。だが、その大半は短期滞在者や観光客の薄っぺらい経験に基づく「お花畑」である。本書『海外かぶれの日本人が言わない 欧米住んだら地獄だった件』(コアマガジン)は、そうした幻想を打ち砕く一冊だ。

海外かぶれの日本人が言わない 欧米住んだら地獄だった件

アゴラでもお馴染みの谷本真由美氏は、日本人が「閉鎖的」と思い込んでいる点を逆手に取り、むしろ日本ほど寛容でオープンな国はないと指摘する。古代から中国や朝鮮の文化を受け入れ、南蛮人まで厚遇した歴史を思い出せば明らかだ。むしろ欧米こそ、宗教や人種の壁が強固で、社会の基盤が暴力と差別に根差している。

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例えばLGBTQをめぐる問題をめぐる指摘は背筋が冷たくなる。日本のメディアは「日本は後進国」と唱えるが、実際にアメリカ南部に住めば、ゲイやレズビアンが堂々と生活できない現実に直面する。ダンスが性交とみなされ禁止される大学、ゲイを理由に射殺される事件。これが「自由の国」の実態だ。

ヨーロッパも事情は大差なく、つい最近まで同性愛行為は違法だった。アラン・チューリングの悲劇がそれを象徴している。対照的に、日本には同性愛を禁じる法律は一度もなく、江戸時代には春画や衆道が広く受容されていた。こうした歴史を踏まえれば、「日本は遅れている」というレッテルがいかに虚構か分かる。

本書の優れている点は、海外経験を粉飾せず、むき出しの現実として描いていることだ。そこには「欧米デワー」と騒ぎ立てる出羽守の言説を一刀両断する迫力がある。日本が本当に学ぶべきは「海外礼賛」ではなく、現実の差別と暴力を直視する冷静さだろう。

筆者が最後に述べるように、日本はこれから移民流入で急速に「多様化」していく。その時、海外の実態を知らないまま「多様性は素晴らしい」とだけ唱えていれば、社会の劣化を加速させるだけである。本書は、日本人が抱く欧米幻想を壊し、足元を見直すための格好の教科書だ。